短編

短編

作品として、上が新しく、下が古い。

初恋次第。

1.俺と姪っ子2.私とおじさん3.俺と営業4.私と作家5.俺の子供は銘子のいとこ6.私の父は浩介の兄弟

ひたすらひたすら、自分の萌え(叔父×姪)を追求した掌編連作。(2012年~2013年)

一生忘れないといった僕に、彼女が言った。

ど真ん中、恋愛小説のような。(2008年)

初恋酔語の彼氏  前編後編

お馬鹿な大学生・三島翔の物語。(2007年)

億ドルの彼女  前編後編

お馬鹿な大学院生・三島翔の物語。(2007年)


俺の子供は銘子のいとこ

 家族写真の並んだ一角、銀のフォトフレームに花嫁姿の写真が異彩を放つ。

   

 フォトフレーム自体は、俺の兄、啓介の銀婚式でプレゼントしたものと同一だ。女の同一所有を好む思考は理解できないと顔をしかめながら、返すのも、ものだけに縁起が悪く、だらだらとかざっている。

 似ているなぁ、と思う。もっとも、本物はこんな、ウェディングドレスなぞは着ないままに新婚生活、育児生活に突入したわけだが。

 当人は、きっと知らなかっただろう。兄だって、気づいていたかどうか。

 俺の初恋は、ありきたりに、近所にすむお姉さんで、物語のように劇的に、兄の妻になった人だった。

 今となっては初恋だけが明確で、ほかの恋愛は、どこかうつろになっている。

   

   

 はす向かいに加納さんというお宅があった。母親同士が地縁のある元同級生で、なにかと面倒を見てもらっていた。

 共働きで両親とも家庭を顧みない人だったので、加納さんのところのお母さんには両手では足りないほどお世話になった。週のほとんどタッパーでくるおかずがいい例だ。

「浩介君、おかず持ってきたよー」

 一人娘の美代子さんが持ってくる当番だ。もっとも、美代子さんには別に目当てがあってのことで、母親同士のメールのやりとりで我が家の生活状況が明白らしく、はずしたことはなかった。

「いつもありがと、美代子ねーちゃん」

「啓介君は?」

「にいちゃんは学校。ソツロンの追い込みだって」

「んー、そっか」

「残念だったね」

「こーすけくん!!」

 私と兄は12離れた兄弟で、その真ん中に美代子さんがいた。ほとんど姉同然の人で、子供に振り向かない両親に変わって、よく俺の面倒を見てくれた。……目的は別に、兄という存在があったわけだが。

 美代子さんが高校生になると、週に1回は我が家で手料理をふるまってくれた。昼食は学食ですませられても、夕飯はコンビニですませることもある俺ら兄弟のお袋の味は、美代子さんの手料理となるのに時間はかからなかった。

 それ以前、手料理という手料理は美代子さんのお母さんのものがほとんどだったわけだから、もともとそんな関係だった。

「私もやっぱり、圭介くんと同じ大学にしようかな。」

「美代子ねーちゃん、そういって今の高校は言ったけど、結局一緒に通えないジャン」

 俺と美代子ねーちゃんもそうなんだけど。

「そんな下心はみじんもないってば! ただ、あそこなら家から近いし、学費も安いし、ええっと……」

 顔を赤くしながら美代子さんが話すのは珍しくない。兄の話題になると、いつもこうだ。だから、気づくと俺に兄の話をきかなくなって不思議にも思っていた。

「応援してるよ。がんばれ」

「うんっ。ほんと、こーすけくん、だんだんけーすけくんに似てきたね。今の言い方、そっくり」

 顔が似ているとはいえない俺たちを、美代子ねーちゃんはよくそういった。

 そんな状況だったから、人知れず、思えば、自分の自覚すら疎いまま、あの日を迎えた。

   

「父さん? 母さん? 二人、いるの?」

 珍しくたたきに二人の靴がそろっているのをみた。たぶん、3ヶ月ぶりぐらいだ。そろそろ中学生になるからときうのを合い言葉に、六年生になった頃から家に帰らない日すら増えていた。

 それにあわせて、美代子ねーちゃんのくつがあるのが当たり前になっていたので、それは不思議に思わなかった。

 リビングに入ると、神妙な顔の兄、父、母、美代子ねーちゃんがいた。

「四人とも、神妙な顔してどうしたの……?」

 子供ながらに異様な雰囲気とはわかって、訪ねた自分が馬鹿みたいに思えた。美代子ねーちゃんが察して、俺と一緒に家の外にでて、近くの公園まで行ってくれた。

「美代子ねーちゃん怒られたの?」

「そうねぇ、怒られちゃった」

「受験勉強で忙しいの、おれ、わかってるから……あんまし、無理しないで」

「あー、受験か、受験、……うん、受験はできないかな」

 どうしたんだろう、歯切れがよくない回答だった。いぶかしんでいると、美代子ねーちゃんはいった。

「……けーすけくんと一緒の、赤ちゃんができたから、受験はできないかな。こーすけくん、おじさんになっちゃうんだよ?」

 すこしの苦笑いとともに言われて、――思えばこの告白が、俺の決定的な失恋だったのだ。

   

 そうして、親の大反対の元、銘子は産まれた。

   

 兄は周りが驚くほどに大学時代の貯金があり、二人の暮らしはつつましくも、ささやかに、はじまった。

 兄の結婚を期に両親は離婚、俺の親権は父親になったが、父は早々に再婚し、再婚相手は俺の存在を疎んじた。……すでに3歳になっていた自分の子供のために。

 父は、金なら出すが義務教育中の育児放棄はできないと抜かす。

 結果、逃げ場所のようによくいった。――兄のところ、美代子さんのいる家。兄に申し訳ないといったら、一泊する度に親に一万もらっているから遠慮はいらないと宣言された。あくびれずに堂々というので、そんなものかと思っていたが、今から考えればだいぶおかしい。

 家族の絆が金か! みたいな。

 美代子さんは幸いにして、おなかが目立たなかったので、高校を無事に卒業できた。けれども進学はあきらめ、専業主婦になった。

 俺を毎日笑顔で迎えてくれた。そうしてこれが、俺にはなかった家庭というものなんだろうと、知ることができた。

 その年の8月。銘子が産まれる。

 女の子とわかってからずっと決めていたらしい。出生届は何日と待たずに役所に届けられ、受理された。

 美代子さんが退院してからと言うもの、銘子の世話が俺の仕事だった気がする。銘子の夜泣きにつきあったこともある。――だからもう、親みたいなものだと思っていたのだ。

 日に日に、初恋の人に似るにつれ、複雑な思いを幾度となく去来させながらも、それは自分の手に転がることなく、自分の道を歩んでいった。

 きっと初恋というものは、こういうものなんだろう。

 銀色のフォトフレームの中の花嫁姿が、いつまでもまばゆいように。


私と作家

 こーすけの撮影を終えて渡辺さんに本社まで送ってもらうと、会議まで若干の余裕があった。缶コーヒー片手に自分のデスクでメールチェックをしていると、ぽん、と軽く肩をたたかれた。

「おつかれさま。撮影、無事終わった? いい写真撮れた?」

「小林主任! その節は、ありがとうございました」

 慌てて立ち上がり、頭を下げる。今回の浩介の企画、私が提出したものだけれど、厳密にはこの人の助けがなければできなかったものだ。

「いや、俺じゃここまで形にできなかったし、ちょっと他部署で同期から聞きかじったのを、ランチのネタに話しただけだから」

「そんな、謙遜ですよ!」

 4歳年上の小林主任は、入社した時の指導係でもある。入社以来こちらが一方的にお世話になってばかりの仲だ。社内の人脈がただならぬほど広い人で、人事よりも社内の人間関係を把握していると噂されている。

 さらにいえば並大抵の女子なら落ちると評判のイケメンだ。実際社内での修羅場は片手では足りないそうだが、それでもこれだけうまく渡り歩いているんだから、営業成績も推して知るべし、だ。

「そう、会社近くで洋食の美味しいお店が最近できたのご存知ですか? 今度、またランチでも行きませんか?」

 お互いに外回りで昼は会社にいないことも多い。私は今日、スタジオによる前にこーすけととったし。

「んー、別にこちらはディナーでもいいんだけど」

「またまたぁ~。彼女さんが怒りますよ?」

「いやー、いまフリーで」

「小林主任なら、また1ヶ月と経たずにできちゃいますって」

 彼女の湧き出る泉でもあるのかと思うほど、小林主任の彼女はいつの間にか彼女になっている。

「んー、今回はね~」

「あ、忘れてた。そろそろ、ポジのデータが来るんですよ。拝見します?」

「いや、……いいよ」

 そうして、肩を落とした小林主任が席に戻った。なんだろ、見そうなのに。

 お礼も伝え終わったので雑談を打ち切り、デスクに座り直す。あー、スッカリ冷めちゃって、缶コーヒー。

 会議が始まるとなかなか思うように時間は取れない。終了時間もまばらで、下っ端の私には辛い時間だ。昨日メールできた会議資料に再び目を通し、こーすけの名前を発見して今回の企画の進捗報告があったことを思い出す。

 まー、資料に載ってる程度なんだけどね……写真撮影終了。メールチェックをすると、解像度を下げたデータが圧縮で届いている。しょっぱな、まさかとられるとは思わなかったあの写真で面食らう。

 何枚かセレクトして、A4に4枚ずつ印刷する。ネクタイの奴は、自分の保存用にしておこうかな? 小林主任、と思って探すと、シガレットケースを持って喫煙ブースに入っていく。仕方が無い。

「松井課長、ちょっと質問大丈夫ですか? 会議の件で」

 フロアの上座にある課長席で会議資料の最終チェックをしている課長を捕まえる。課長に聞くのは躊躇われるが、会議でしくっても困るし。

「いいよ。会議の件かな? こっちにしようか」

 こっち、といって指差したのは打ち合わせ用の簡易スペースだ。資料を広げたかったのだろう、課長机では手狭なようだ。

「はい。資料、持ちますね」

 資料をミーティングテーブルに並べ、自分の発表箇所を確認しながらアドバイスをもらっていく。現状、進捗に遅延もないので報告なしでいいかと聞いたら、それは却下された。

「そうだね、一応なぞらえて、予定を含めて言ってくれると助かるかな。いま、うちの抱える作家先生の中では一番の期待株だし」

「わかりました」

   

 ……こーすけが期待株かぁ。

   

 世も末だなんて、姪としての立場では思ってしまう。自宅の掃除は自分でするけど、生活自体はかなり不摂生。最近はしぼるとかいって減らしたらしいけど、夕飯はお惣菜を一品だけプラスビール。朝や昼もあまり変わらない。ザルだから酔わないのが救いだが、酔わないのに酒ばかり飲むのも理解できない。

 放っておいたら酒だけで一日を過ごしそうなので、最近はお母さんがお昼ごはんを作りに行ってる。紡が小学校に行ってる間のいい暇つぶしになってるとはいうものの、こーすけの世話をするくらいなら、働いちゃえばいいのに。パートで。

「にしても、相変わらず見事に小林をあしらってたねぇ、佐伯ちゃん」

「えぇ?? あしらうもなにも、小林主任とは話をしていただけですよ?」

「それがあしらうっていうんだよ……」

 そうなんだろうかと先ほどの対話を振り返っても、あしらってたかなぁ? という感じだ。お世話になっている人だから、ぞんざいには扱えない。

「もしかして、気を悪くされてました?」

「んー、小林くんはあれでタフな男だから、あれくらいで大丈夫なんじゃないかな?」

「よかった! 今回の企画も、小林主任がいなかったら、この時期にできませんでしたから」

 企画はタイミング勝負、というのを小林主任から念押しされていた。

「今日の撮影はどうだった?」

「先ほどメールでデータが来ましたよ。明日の打ち合わせで、使うアングルの確認をしようかなと」

「佐伯さんの候補は?」

 写りがよさそうかなと直感でピックアップした3枚をならべる。これがいいかなと課長の意見を確認する。

「斎木先生には失礼だけど、こうして小綺麗にしてると、佐伯さんと親戚って感じがするね。雰囲気がにてるのかな?」

「どちらかといえば、パーツがにてますね。口元から端、眉のあたりがそっくりで」

 こーすけの写真をなぞりながら話す。今回はメイクで目元もすっきりするようにさせてもらったので、その効果もあるだろう。

「斎木先生もちゃんとすれば見れる顔になるのに、もったいない」

 本人のいないところとはいえ、作家にこの言いようができるのは松井課長ぐらいしか知らない。

「いくつはなれてるんだっけ?」

「一回りですよ。干支、同じなんです」

「なら、だいぶ面倒見てもらったとか? 叔父と姪でそれはないかな?」

「いえ、うちの両親若くして結婚したせいで、お金なくて大変だったから、よく面倒見てもらったみたいですよ。家計の足しに、母がパートに行ってるときとか」

「当時中学生ぐらいだろう? よく面倒見てくれたね」

 そういえば、松井課長には高校生ぐらいのお子さんがいると聞いている。

「叔父いわく、自分がもっと活動的で、私がもっと手の掛かる子だったら、絶対やらなかったそうです」

 基本的にあの叔父を構成する要素の8割が出不精だ。今現在の生活も物語るが、昔もそうだったようだ。就職活動中に方々を歩いた際には、「一生分歩き回った」と豪語している。

 それでどこの会社にも採用されなかったのだから、就職活動はこーすけの負の歴史に入る。

「でも、そんな年頃のお兄さんがそばにいたら、こう、同級生なんて相手にならなかったでしょ?」

 課長の聞き方がパートのおばさんっぽいのは気になったが、資料の確認を終え、ちょうどひまなのだろう。息抜きだ。

「んー、まあ、そうですねぇ。ちゃんとすれば、そこそこですし」

 手元の写真を見ると、たぶん彼の人生で一番きれいになった彼がいる。姪の私が言うのだから、まちがいない。

「この写真なんか、雰囲気あるね」

 そういって指さしたのは、例のネクタイ写真だ。いつの間に紛れ込んだ!!

「完全にオフショットみたいな形で、ファンは萌えそう?」

「や、ないですよ、それは」

 ファン層は半々よりやや男性よりだ。今回、ピンの写真をきれいめにとったのは女性ファン向けのサービスでもあるが、それは主眼でなく、あくまで骨太のインタビューと、かつてのドラマ主演男優との対談だ。

「まあ、こんな写真のせたら佐伯さんのファンの男も泣くしねぇ」

 いるかそんなもん、と内心で叫ぶが、愛想笑いでとどめる。

 ネクタイの写真は、自分で見てもよくとれてるなと思う。こーすけをプライベートで連れ回したことは学生時代に数え切れないほど合ったが、それでもツーショットなんてなかなかとれなかった。

   

 父母と一緒、弟と一緒。

   

 そんな家族写真はどことなく、あからさまにこの人と親族であることを強調しているようで、好きになれなかった。……未練がましいなあ、私。

「課長、そろそろ時間じゃないですか?」

「会議の後で、写真全部見せてもらってもいい?」

「こちらはかまいませんけど、課長は早く帰らなくていいんですか?」

「会議の後に仕事入れた方が早く帰れるんだよ、知らなかった?」

 それは、恒例の飲み会から抜ける口実にしたいってことですよね?

「いいですよ」

 今日みたいな日に酒を飲んだら、少し気が緩んで、初恋の話ができるんじゃなかろうか。

   

 ――内心ではそんなことを、思いつつ。