俺と姪っ子

 そこは、よくある駅ビルというやつだ。

 とはいっても、各駅停車しか止まらない駅のこと、スーパーが一階、本屋と文具屋が二階、衣料品他生活用品が三階にあるだけの、ささやかな駅ビルだ。夜も二十三時まで営業しているので、一人暮らしの自分にとって、歩いてすぐのコンビニより、使用頻度は高い。

 一階にあるパン屋、そのイートインの一画は地元のちょっとした喫茶店だ。清潔感以外はなにも売りのないその場に、時間にして二十二時。

 一回り年上の兄の、一回り違う姪っ子がいた。それも一人で。

「おっま、なにこんなとこいんだ?」

「そっちこそ。」

 出たのは憎まれ口。生まれたときこそかわいいかわいい姪っ子だったが、年々生意気になり、今年で高校も卒業だ。年月とは残酷で、その間に俺は三十路を迎えてしまった。

「俺は夜食の買い出し! っつーかお前、補導されるだろ! 入学取り消しとかになってもしらんぞ!!」

「夜食? 今の時間になって食べたら太るよ?」

「もう太ってるわ!」

 この際、自分のたるみきった腹は置いておく。あんなにかわいく「こーくん」といった彼女はどこへやら。仕方なし、ため息をついて、パイプ椅子がおしゃれになった程度の椅子に腰掛ける。まあ、これで補導はないだろう、自分が職務質問される可能性は上がるが。あー、あれだよあれ。職業聞かれると困る職業だから。

「邪魔だし」

「なら、家に帰れ~?俺がここにいるのは、お前が補導されたら兄貴が号泣して俺の家で潰れるのと、それでおれんちのビールのストックがなくなるのと、お前をこんな時間にこんなところで発見して、挙句放置したことがばれたら、強面の兄貴になにされるかわからないからですー自分のためデス~」

「なにそれ」

 もう一つ、このまま帰っても気になって仕事が手につかず、結局戻ってしまうだろうからというのは甘やかしになるので言わないでおく。結局は兄の一人娘、 俺もなんだかんだで甘い。家が駅に近いものだから、制服から私服に着替える拠点がわりに使われることも度々。

 こーすけーって、呼び捨てだけどな。

「ちなみに、俺はこの見切り品唐揚げのチンをすでにしたから、十秒以内にお前がここから動かなければ、兄貴に通報する」

「お父さんだけは、絶対イヤ!!」

「珍しい、親子ゲンカか?」

 奥さんの影響も強いだろうが、兄夫婦はすこぶる夫婦仲がよく、親子仲も一般的な部類と思われる。自分の両親は、子供が大学卒業すると同時に離婚する程度に冷え切っていたので、比較に自信はないが。

 もちろん、それなりに反抗期などは過ごしているものの、今現在、そこまで悪いというわけじゃないはずだ。

「理由、話したら今日泊めてくれる?」

「それでお前の頭が冷えるんならな」

 奥さんに連絡しようかとも思ったが、時間が時間なだけに、兄ならまだしも、その嫁の携帯を鳴らすのは躊躇われた。

「赤ちゃんが、できたの……」

「……」

 気持ち、走馬燈であれこれと巡りつつ。

「はぁ?! お前に?!」

「違うに決まってるでしょ!! お母さんよ!!」

「あ、ああ……そっちか……若いなぁ、兄貴。いまいくつだ?」

 自分の年齢に十二を足す。まぁ、最近の晩婚化を考えれば、珍しい齢でもないだろう。

「そういうの、禁止!!」

「はぁ~ん? それが理由で兄貴は嫌か?」

 こんな反応するくらいなんだから、男なんていないんだろうな、おじさん安心。いや別に、こっちに彼女がいなくなって久しいからではなく。最近の子は早熟っていうしねぇ……なんて言えば、地雷ものだろう。

 冷めてしまう前に唐揚げのパッケージをあけて、割り箸をわる。この真ん中で綺麗にきれるスキルは一人暮らしですっかり熟達している。

「生理的なもんだろう? 悪いことは言わんから、早く謝って、お母さんにおめでとうっていっておけ。言えなくなるぞ」

 なにしろ、俺自身ができたとき、兄にそう思われたに違いない。一回り違うということは、できたとき、小五か小六だったはずで、そこらへんの難しいお年頃だったに違いない。相談はむしろ兄にしてくれと思わなくもない。

 だが、こういう反応、思春期――というほどでもないかもしれない、もう大学生になるんだから――の初々しさを感じないでもない。

 いまだにためらう風で、仕方なし、助け舟をだす。

「お母さんに電話して、謝って、おめでとうって言えたら今日だけ泊めてやるよ」

「ほんと?」

 これは、そうとう兄貴に言われるかもしれない。というよりも、男としての生存本能をむき出しにした結果、娘にえっらい嫌われ方をした兄には、若干同情しないでもない。ってかこの場合、確実に俺は男としての範疇に入ってないから、泊まれるんだろうなぁ。

「うん、うん、……そう。お母さんおめでとう。 今日は、……あ、わかった?」

 唐揚げが食べ終わるのと同じくらい、終話ボタンがおされる。本当に便利な世の中だ、わざわざ公衆電話を探さなくても自宅の、両親のどちらかに連絡できるんだから。

「電話、終わったか?」

「うん、終わった~。お母さんから、いつもご迷惑をおかけします、お世話になりますって」

 たしかに、なにかあるたびに我が家が避難所だ。今回が特別でも何でもなく、高校に入ってからは減ったものの、反抗期らしき時期には毎日籠城された。たまったもんじゃない、といえなくもないが。

「初恋の人に、頼まれたらなぁ」

 ひとりごちて、横をみると、面差しの似た少女が年々、女になっていく。

「こーすけ、お腹空いた~」

「『こんな時間に食べたら、太る』ぜ?」

「私はまだ若いから平気ですぅ~」

 腹の立つことをいいながら、当たり前のように隣に立ち、当たり前のように腕を絡める。

まぁ、おじさんですから。


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