私とおじさん

 小学生の頃、自分の名前の由来を聞いて作文にする、という宿題があった。凝った名前の子は、そんな宿題よりもっと前から自分の名前の由来とかを知っていて、驚かされたので、よく記憶に残っている。いろいろと聞けば、クラスの半分以上は、宿題にされずとも、知っていた。

 ひと昔、ふた昔前なら当たり前であっただろう、最後に「子」のつく女の子は、クラスでも私だけで、物珍しがられていた。 正直、由来なんてないのだと思っていた。だから、聞いたことがなかった。

 早速家に帰って母に聞くと、 「出会った人の心に残るような子になりますように」という願いで「銘子」らしい。 銘という漢字に、刻むという意味がある。正直、ちょっと以上に感動した。

 一方で父に聞くと、「絶対女の子なら、めいこって名前にしようと思ったんだ」なんていう。母も母で本当のことを言っているんだろうが、どっちが先なのか、わからなくなったきたところに、答えが登場した。

 それは、遊びにきていたおじの浩介。バイトの帰り、兄夫婦宅にきた叔父を父と母が二人してからかう姿に、ふと、あっさり答えが出た。

「銘子は僕の姪っ子だよ」

 なんて、ギャグにしかならない言葉を愛する(義)弟に言わせたくて、私の名前をつけた。……だろうなって。

                 

       

 そんな冗談はさておき、――とはいえなかなか冗談として笑いきれないあたり、本当に私の叔父は、(私の)両親の愛をうけ、信頼を受ける数少ない人物だ。娘一人の名前をある意味で委ねてしまうくらい。

 もともと幼馴染だった両親は、私が生まれた当初、二十四と十八だった。母は高校を卒業したばかり、父は就職したばかり、そんな夫婦だった。時々祖父母のところに行くとそのことの恨み辛みなんかも聞けたりするが、それは別の話。必然、母は家計を回すだけでも 精一杯だったから、私の面倒はいろいろな人にお世話になったとよくいう。

 そこで一番お世話になったと豪語するのが、父と一回り離れた叔父。私が生まれた時は十二歳。学校帰りに我が家に直行、夕飯の手伝いやら外遊びやら、なにかにつけて私の面倒を見てくれたらしい。その記憶は、確かにある。

 こーくんと、小さい私は呼んでいたけど、いまではこーすけとよんでいる。フルネームは佐伯浩介。父・俊之と母・佐和子が娘並みに溺愛する叔父だ。悔しいことに。

   

 佐伯銘子の初恋は遅くて、失恋はだれよりはやかった。十一のとき、社会人としてスーツをきた浩介を好きになって、直後におじさんとめいは結婚できないんだと知る。「惚れたって仕方ない」という母のひとことで、不毛な恋愛なんだと思い知らされてから、けれども好きになる人は、年上ばかりだ。 すっかり刷り込みがされてるのよ。

 学校の先生とか、コンビニのお兄さんとか。

 以前、学校の先輩と付き合ったけれど、二歳しか違わない男性とは合わないなって実感したところ。なんだか周りがこどもばかりで、会話がちっとも楽しくない。趣味とかがあわないんだよね。以来、特に出会いがないこともあって、残りの高校二年間は彼氏なし。刷り込みをした責任は、とって欲しいくらいだ。

   

「ねぇねぇ、なんでこーすけは結婚しないの?」

「そうやってズケズケ聞いてくるところ、本当に佐和子さんに似てきたな、お前」

 近所のパン屋にいたところを捕獲され、なかば選択肢のない状態で泊まり慣れた2DKに落ち着く。相変わらず律儀に自分のベッドは私に譲り、こーすけは狭そうながらも、ダイニングの二人がけより少し大きいソファに寝そべっていた。冬だから、いくら布団と毛布があっても、ふとんじゃないぶん、きっと寒いと思うんだけど。

 私は今日のことをいろいろ振り返りながら、なかなか寝付けなくて、 ダイニングでテレビをみていた。

 深夜のテレビで散々タレントの恋バナを聞いていると、多少は気になる。それにその……両親のこともあるし。こーすけって、結婚していてもおかしくないし、子供がいてもおかしくない。そんな年齢だ。

「というか、彼女とかいたことある?」

「あるわ、それくらい」

 ふむ。童貞ってわけでもないのね。

「じゃ、その彼女と結婚しなかったのは? なんで別れたの?」

「知らねーよ。あっちが勝手に、浮気したんだ」

 そっぽを向く。これはだんまりのタイミングだ。聞かれたくないのかなー。

 でも実は少しだけ、お父さんから聞いてる。

 こーすけの初恋はお母さんだったこと。それがなかなか忘れられなくて、付き合ってもすぐ愛想をつかれてしまう。彼女が相手にさらていなくて、悲しくなっちゃうらしい。

 半分はお父さんの推測でしかないけれど、なんとなくわかる。初恋は、その面影が消えるまで、だいぶ長い。 私にはまだ、終わりの見える気配はない。

 もしかしたら、初恋を超える出会いなんて、ないのかなと不安にもなる。

 だからこそ私たちは、互いに拠り所なのだ。

「こーすけが四十超えたおじさんになってもまだ結婚していなかったら、私がお嫁さんになってあげよーか?」

「うっせ」

 ソファから手が出て頭を小突く。

 痛いのに、ささやかな、ささやかな幸せを感じる。これが、余韻ってやつだろうか。

 あまくて、にがい。 初恋の。


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