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明るくなる方法
第1部 第18話
「かっこいいぞ、優等生!」
 まばらな拍手の中、声が聞こえた。しばし呆然としていると、まばらながらも、だんだん拍手が大きくなっていく。聞いていなかった子が起きたんだろうな。人の顔がこっちを向いていく。半分もこっちを向くと、恥ずかしさばかりが襲った。
「以上です」
 マイクの位置なんて考えもせずに頭を下げた。初めての壇上は今更緊張して恥ずかしくて。言ったことは今更ながら、原稿用紙よりもくさいんじゃないかとつっこんでみる。
 でもあれは途中から、考えるよりも先に言っていたから、記憶なくてつっこめないのが現実だったりする。拍手の音が一番大きくなったところで壇上から姿を消した私は、舞台袖にいた演説を終えた立候補者から、人によってはぶしつけな視線を与えられ、人によっては握手を求められた。
 ……だましてたなぁ、自分。
 微笑んで、でもそれは苦笑い。



「お疲れさん」
 全員の演説が終わると、おわりの言葉を無視して体育館を出た。行く場所なんて決まってて、そこは教室でも図書館でもなかった。
 屋上のドアを開けると、変わらない人たちがいた。先回りしていたのかな? 胸をなでおろす。真理先輩がちょっと心配そうに、顔を覗き込む。そう思うと、風がさえぎられ、体に若干の圧迫を感じた。
 うう、美人は出るところも出ているのね……
 鼻孔をくすぐるのは、乾いた冬の空気。ふとした違和感を感じるけれど、ぬくもりの中にすべては消えていってしまう。
「薄着禁止って、言っただろう?」
 そういえば少し薄着。今日はババシャツも着ていないし、手のとどくところにはカーディガンもない。先輩があたたかいなぁと思いながら、平気だよって笑った。
 言葉とは裏腹に鼻がつまってきた。こみあげるものもいくばくか。
 おかしいと思ったときにはもう、形になってしまって。
 制服汚しちゃうと思っても、なかなか抜け出せないやさしいかご。真理先輩は頭をなでてくれた。冴島が自分の着ていたブレザーを、私の肩にかけてくれた。
 やさしすぎるぞ。
 泣き止まなくては失礼な気がして、どちらともわからず差し出されたハンカチで一生懸命に目をぬぐう。大きく息をついて、ちょっと落ち着く。ありがとうとはまた違った、感謝の気持ち。
 そういえば、と思い返して、冴島のほうに体を向けた。演説の最中、ずっと思い出していた今までのこと。今まで気づかなかった、それはやさしさだったのか気遣いだったのか、わからないけれど。
「もう、気にしなくていいから」
 言われた本人は目を丸くした。
「屋上だって教室だって廊下だって、職員室だって。周りにどんな人がいたって、どこにいたって、呼んでいいよ。平気だよ。――ちゃんと、振り返るから」
 話しかけているようで、話しかけてなかった。彼から、人の居る場所で。あの雨のときぐらい。真理先輩にいたっては、屋上以外では話しすらロクにしてない。あわないからって言うのが、大きな一因だけど。
 それはもしかしたら、あわないようにしていたのかも。ここの鍵だって渡そうと思えば、真理先輩から私に渡せたのに。どうしてそんな知り合って間もない頃からそんな行動が出来るんだろうって、ふしぎで仕方がない。
 やさしさに気づいた私は、それを黙って受け入れているだけも出来る。でもそれじゃなんだかフェアじゃない。優しさに答えられるものは、誠意しかない。私の場合。
「呼んでね、私の名前」
 あきちゃんと呼ぶと怒られるから、私は冴島だけれどね。真理先輩は真理先輩だ。
 冴島はやっぱり照れてる。照れ屋さんだー。真理先輩もおんなじことを思ったのか、二人で顔を見合わせると、自然に笑みがこぼれてしまう。
「名前で、呼んでね」
 それは何度目かの念押し。ふと気を抜いて思い出してしまう、一人のクリスマス。それは、苗字への意識を変えた日。時間が止まってほしいと思った日。思い出しても、もうなくことはないんじゃないか。来年はきっと、一人じゃない過ごし方が出来ると思う。したいと思う。
 微笑を浮かべてうなずいて、寒空のした、バカみたいにお互いの名前を呼び合ってた。

 彼らの制服から違法喫煙のにおいが消えていることに気づいたのは、それからほんの、少しあとのこと。
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