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第17話
本当に書きたいこと、いいたいこと? そんなのわからないけど、今、本気で考えていることがある。自分は生徒会長になるべきなのか。なれないのか。なってしまうのか。
他にもある。弟――楓のこと、お母さんのこと、勉強のこと、高校のこと、真理先輩や……冴島のこと。そう……冴島って、私の何?
あえば目をそらす存在って、なに? 公衆の面前では、めったなことがない限り話しかけない――話さない関係って? その程度って、どの程度?
マイクの前で、しばし呆然とする。どうして今更、そんな根本的な問題に帰っちゃうの私。全然関係ないし。ここにいる意味、全否定して。本当のこと? ここで言うべきことじゃないよ。
『適材適所』なんて誰が言ったんだろう。
壇上でこんなことを考える私、誰がどう考えたって、この場所の適材じゃない。
「はじめまして、青木李花です」
目の前に広がる白紙の原稿は、おいてしまう。読めないのだから。
胸を張って背筋を伸ばす。壇上から生徒席を見下ろす。そこにあるのはほぼ黒と濃紺で作られた、画一的な世界。つまらないと思っていたモノクロの世界が、今目の前に広がっている。
つまらないから、価値がないと思っていた。
そんな世界のモノクロを、ほんのわずかな時間に極彩色に変えたひとがいる。つまらない学校のなかに、幸せを感じられる場所を作ってくれた、魔法使いみたいな人。
見下ろした視線を緩やかに上げていく。顔を上げていく。
そこに行けばいつも在った。視線が合えば、笑ってくれる誰か。私が肩をはらずにいられる場所を維持してくれる、優しい人たち。そこだけが、あればいいとさえ思うほど。
たとえどんなに今、胸を晴れなくても。時々視線をそらしてしまっていても。
そこだけでしかない勇気を、けれどもどこかでつかえるようになりたい。
いまこれから、向き合う。いまこれから、やればいい。屈することなく。そらすことなく。
「私は、井上真理に、同情します」
あたりが静まって、寝息しか聞こえない。それは自分勝手な耳が作った幻聴なのかもしれない。誰も聞いていないと思うと、屋上の風が私を通り抜けた。向かい風が、追い風に変わる。
視界の隅には、耳を疑った山本先生の姿がうつっている。先生、ごめんなさい。
「優等生って呼ぶ、誰が本当の私を知っていますか? 先生でも生徒でも誰でも。ちやほやしながらそれはうわべだけで、――必要なのは優等生という表皮で、それは青木李花であってそうじゃない。私だって、そう思っていた。
本当の自分、それ自体さえもあやふやだったから、優等生としての存在で居続けようと思っていた。そうじゃない自分になんて価値がないと思っていた。優等生であることに価値があると思っていた。ある意味、すべてだった。
私は、井上真理に同情します。彼女が誰かに暴力を振るうところを、誰が見たんですか? うわさしか聞いていない――それだけでその人を評価して、いいんですか? 学校から停学処分を受けたんだから、暴力事件があったのは本当だと思う。でもその理由は? 何故彼女が暴力を振るったのか。その答えは、きっと誰だって同じだと思う。――『考えたことはない』」
ずーっと思ってきたこと。おかしいと思っていたこと。今しかない。本当に言いたいことは、これ。
視界の隅で微笑む浅木先生。まったくもって都合のいい視界だ。きっと半分は、夢で出来てるに違いない。
こんな饒舌な自分も。
「『誰かから聞いた』。それは誰ですか? その『誰か』がどんな人間か、あなたは言えますか? クラスだけじゃない。成績だけじゃない。その人がどんな短所があって長所があるのか、あなたは言えますか?
私はきっと、今までものすごい優等生だった。先生と母親の顔色を見るのが日課だった。模範であれば、何もかも荒波立てずに過ごせた。でもそれは、私が本当に、望んでることじゃなかった。のぞんでいたのは、もっとささいなこと」
一拍おく。
聞いている子はほとんどいないと思ったら、黒い視界がほんのりと人の肌を見せていた。ほんとうにわずかに。きいてない、ほとんどの人。
「『私』なんて存在しないと思っていた。必要とされていないと思っていた。でも、私は私の中にいた。見つからなかったのは、私が探そうとしなかったからで、見つけてくれたのは、私を探してくれた人。探すきっかけは同情かもしれない。でも、嬉しかったし、見つけたと思っている今は幸せ。探してくれた人――井上真理と冴島秋を、私は……心から尊敬します」
言い切ると、胸の奥からすっとした。爽快ってこう言うときの言葉だ。
にわかに舞台袖がざわついて、舞台の下も、だんだんざわめき始めた。華族の令嬢じゃあるまいし、友人関係について、私は文句を言われなきゃならんのか? 眠っていた人を起こす子までいる。寝かせてあげてよ。
山本先生は硬直したまま。他の先生も大方左に同じく。ただ一人浅木先生だけが、いたずらが成功したような嬉しさを秘めた笑みを浮かべていた。踊らされたのかなぁなんて思いながら、気づかないと思いながらも微笑み返し。
まだいる。私を、気にしてくれる人。
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