サイトトップ>『明るくなる方法』目次>
番外編 プロローグ
いい加減、潮時だと思ったんだ。
今年から中学三年になる。来年から高校に入る。そんな気はさらさらなくても、父親が一人娘のあたしを、中卒で終わらせる気はないだろう。なにがあろうとも、結局どこかの女子大卒ぐらいの学歴は、つくんじゃないか。
――あたし、井上真理の人生は、「そう」に決まっている。
どこか、あきらめがあった。どうあがこうと何をしようと、結局敷かれたレールに違いは発生しなくて、なにもなくて、それがひどくがっかりさせる。
だから、最低のことをしようと思った。誰かを傷つけて、父親に泥を塗ってやりたかった。誰でもよかった。最低のことをやって、用意された道以外に歩ける道があるならば、それもいいと思っていた。少年院でもどこでも、連れて行ってくれ。そう思ってた。
……李花は。青木李花は、あたしと同じような境遇の少女だった。片親で、弟と離ればなれ。生きている分、大きく違うかも知れないけれど。
けれど李花は、おそらく、父親が望んだ「娘」の理想像そのものだろう。成績優秀、性格温厚。暴力沙汰とは縁遠くて、人からすこしの、尊敬を抱かれる存在。たぶん彼女があたしだったら、父親は、さじを投げたりしなかっただろう。
別に、さじを投げられたことが、かなしいわけではないけれど。
中学を卒業して義務教育期間を終えれば、いままで平気だったことがダメになるのは、よく理解していた。そうして足を洗った人を何人か見てきた。洗えなかった人もいるけれど。
あたしはどっちなんだろう? どっちがいいんだろうって考えた。
そう考えているうちに、今やっていることすべて、ああ、潮時なんだなって思った。
もういいじゃないかって、父親のため息混じりの声が聞こえる。
おびえながら、名前を呼ぶ義母の声が聞こえる。
名前を呼ばれるたびに、弟を彷彿とさせる後輩の声が聞こえる。
「真理先輩? お昼の時間ですよ? まだ、寝てるんですか」
そういってほほえんだ李花の眼に、自分がどう映るのか、あたしははじめて、意識した。彼女が笑ってくれる自分が、ひどく、あいまいで、不完全で、未熟なものに感じられた。
だから、逃げ出してしまった。それは、五月の出来事。
サイトトップ>『明るくなる方法』目次>番外編 プロローグ