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moon shine / sun shine
家族編第6話
 センターも終わり、他の試験も終わり、無事第一志望に合格。――したのは卒業式前日。式にはちゃんと出席して、合格の報告を担任にした。三年間お世話になったヴァイオリンの先生にも挨拶して、合格を喜んでくれた。
 父は喜ぶと共に、なにやらあわてていたが。
「同じ大学いけると思ったけどな」
「俺に落ちろと?」
「まーな。でも奨学金制度も充実してるんだし、そんなに他大にいかなくてもよかったんじゃね?」
「……これだから経済通念のない男は」
 奨学金と一言でいっても、奨学金にはいろいろな種類がある。あとあと返さなければならないもの、もらえるもの。親の収入によって金額も変わる。父さんの収入では、学費の半分になる金額がせいぜいだろう。
「嫌味か?」
「まぁな。ここに来るのだって迷ったんだ。父さんには極力負担をかけたくない」
 音大附属に入りたかった一方で、中学時代で一番悩んだ。普通の私立よりも金がかかる。直前に昇進して給料上がっていなかったら、たぶん遠慮していただろう。音楽好きな父さんのことだから、遠慮するなといって、自分だけバカみたいに働いた可能性もあるが。
「そういえば陽に聞いたけど、あうって……」
「現状、話がどこまで進んでいるかは不明だよ。でもたぶん、昨日の父さんの様子じゃ、四月ぐらいに可能性はあるな」
「へーぇ」
「あの人がやっと、向き合おうとしてるんだ。応援するけど、邪魔はしないよ」
「向き合うって、別れた妻と、娘に会うことがか?」
 大げさだなぁと言う雰囲気で言う。この男の欠落を言うなれば、世間と言った感覚が著しく欠けていることだ。ピアノと自分だけで成り立っていると思うなよ。
 もっとも、ゆえに、あれだけ澄んだピアノの旋律を奏でられるのかもしれない。
「離婚の経緯、知ってるよな?」
「知るかよ」
「……そうだな。端的に言えば、父さんが音楽をとったんだ。音楽をとったから、今、父さんと一緒にいるのは俺で、姉さんじゃない。姉さんは音楽しなかったから、父さんにとっては不要同然だったんだよ」
「そんな言い方はないだろ」
「子供の目線から見ればそうなるんだ。ひどく単純に物事を見れば」
 きっと他にも理由はある。そんな表面的なものでない、何かが。
 親権がこうなっているのも、成長したとき、異性の親よりも同性の親といるほうがプラスになるからだろう。子供を育てるのに必要な能力は、互いに拮抗していたはずだ。二人同時に引き取ることが、お互いに難しかったことも含めて。
「あのおじさんが、ねぇ……」
「のんきな反面、音楽のことになると目が見えないから」
 自分の情熱の一割ぐらいは、父によるものだろう。だんだんとそのことを、認めざるを得なくなってきた。
「気にしすぎるとはげるぞ?」
「余計なお世話だ」
 ついでにいうと、一時期はお前のせいではげるかと思ったんだ。……まぁきっと、これからも何かあったらそんな思いをするに違いない。今までは大樹さんの教育方針で、コンクールらしいコンクールにはでなかった光のことだ。増える露出と、親の七光りで叩かれるのは比例するだろう。どこまで耐えられるかが見物だなんて、今一番の楽しみかもしれない。
 知らぬは、本人ばかりなり。
「さて、ホールに移動するぞ、ホール!」



 そして四月九日。俺は再会をする。
 緊張して固まっている父親を連れて、ホテルのレストランへ。実は姉には四ヶ月ほど前にあっていたなんて口が避けても言えず、父親は余裕綽々の俺を恨むように見つめていた。
 行く途中で唐突に、なんであうんだろうなんて考えたりもした。
 エントランスで出会った姉は、入学式の帰りなのか、黒のスーツだった。最初は言い表しがたい複雑な表情だったのが、見る見るうちに笑顔へと変化していく。陽でも何度も思ったが、この女の表情の変化と言うのはいったい何に起因するのか。乙女心はよくわからん。
 母親の顔は、記憶と違っていた。アングルなんてまったく違った。見上げていたころ。焼き魚が程よくなる時間。見下ろしている今。
 俺には昔の恨みなんてないも同然で、離婚したのが誕生日の翌日なんて気にしたこともなかった。
 なぜ今まで、であわなかったんだろうと思った。
 光と陽の家で感じた違和感がない。パズルピースのように、母と父が向かい合った瞬間からなにかがはまった。少し笑った姉に、手を出した。握手のつもりだった。でも姉は握って離さず、そのまま今まで以上に笑みをこぼした。この歳でなんだか少し気恥ずかしい。でも姉を見ていると離す気になれず、仕方がないなぁと思いながら奥へ進む。

 窓にうつっていたのは、地上の星と細い月。
 これから満ちていくだろう、始まった、ばかりの――
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