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moon shine / sun shine
家族編第2話
「ってわけなのよ」
「ふーん」
 高校はすでに卒業して、三月も下旬にさしかかったころ。合格発表が終わって気楽な身分だった陽と、久しぶりに遊びに出かけた。私は昨日の合格発表で落ちたばかりだけどさ。陽は第一志望を前期日程で見事にゲットしていた。なんだか差を感じる。
 町を歩いてショッピング。なんだか忘れてたなー、こういった感覚。受験終わったらやりたかったことなんて山ほどあったはずなのに、なんかもうすべて忘れてしまって、メモでもしておけばよかったかもしれない。読みたかった漫画とか本とか、観たかった映画とかなんだったのかもうわすれてる。
 喫茶店で一息つくと、最近我が家で起きた異変について話始めた。
「いきなりだと思わない? 一月に同じ質問されたけどさ、すっかり忘れてて……」
「センターの時期ならしょうがないでしょ。須王も同じだったし」
 同じ? と聞き返した私に、陽はとっさに目をそらして、ちょっと間を置いて、口を開いた。
「……須王は附属の音大じゃないの。国立に進んだのよ。音大でも国立なら実技だけじゃなくってセンターがあるの」
「そうなんだ」
 音大なんて眼中にないから、音大でもセンターなんて知らなかった。そもそも音大の入試って何をするんだ? 実技って曲弾くだけか? ……また今度聞こう。
「でもなんで? 附属の音大って、すんごくいい大学なんでしょ?」
「授業料が高いのよ、私立の音大って。……だから私も、国立じゃなきゃって思ったけど」
「ちなみにいくら?」
「光は、初年度年間二百万」
「うそ」
「これでもそこそこ? するところは二百五十万とかそれ以上いくし。初年度は入学金たるものがひどいのよ」
 私の知っているところだと、初年度の学費は、私立大学が百万前後、国立が前期後期あわせて五十万ちょっと。私立の医学系や、実験費がかかる理系とかになると確かに上がるけど、に、にひゃくまんって……
「陽が国立に絞ってたのはそれが理由ね……」
「うん。医者は卒業までに一千万かかるって言うでしょ? いくら稼ぎあるっていったって、演奏家って結局は波があるもん。CD出したってばかみたいにうれるわけじゃないし。光にそういった経済通念ない分、私がどうにかしなきゃ」
 なにがあっても、卒業したいしと小さくつけたした。
 双子って兄弟の区別ないって言うけど、この双子に限ってはそれはないと思う。陽はちゃんと姉だし、光くんはちゃんと弟だ。なんでだろう、不思議だな。
 思ってみれば、高校だって私立で進学実績の割には授業料が安いと言うのが人気のひとつにあった気がする。補講授業も充実しているから、予備校の授業を過多にとる必要もない。片親だから少しは気にしていたけど、結局大学は私立になっちゃったしな……。
「だから、楓……」
 国立に行こうとしたのだ。浪人してでも行こうとしたに違いない。そんなことをせずとも、楓ならきっと附属の音大に進学できたんだろう。気にしなくていいのに、といえるわけはない。
 ちゃんとした、姉だったら……いえたはずなのに。歳でも、なんでも。
 考えたって仕方がないのはわかっている。結果は変わらない。負担になっているのは自分のほう。
「うん。でもよかったじゃない。学費のために再婚って言う可能性はないんだから」
「やめて〜っ」
 それはない、といいたくなる反面、そうだったらどうしようなんて、考えるだけでイヤになる話だ。
 金銭面で、私は苦労したことがないけれど、もしかしたら楓サイドはあったのかもしれない。離婚して数年間、父からの月いくらかのお金を受け取っていたけれど、私の中学卒業とともに打ち切られた。母が軽く言ったので、そんなに記憶にはなかったけれど、須王が音大附属の高校にはいって苦しかったのかも。
 思い出せば結構出てくる離婚家庭の金銭的事情。どうしよう、気にしていたつもりで、全然気にしてるなんてレベルじゃなかったのかも。
 それで再婚って、大人の事情すぎていやだ。私の結婚に対する価値観が絶対変わるね。
「……でもじゃぁなんで、会おうか、なんていってきたんだと思う?」
 須王は合格した。私も落ち着いた。なんだか現状で、安定と調和は得ている気がする。
「ちなみに具体的な日程は決まってたりするの?」
 言葉に窮する。言っていいのかな。
「四月九日。私の入学式の、夜」
 入学式と重なったのは偶然だけど。
「おお。おじさん、行動トロイわりにがんばったねぇ」
「陽……」
 西尾家は、我が家にとって若干特殊な位置にある。父同士がもと学友、母同士が子供の縁で仲がいい。離婚しても友情は変わらず。陽がお父さんをトロイなんて言うけれど、陽が言うなら、きっとそうなんだろう。
「あって損することはないんじゃないの? 何が減るよ?」
「そりゃそう……かもしれないだけど」
 胸に残るしこり。もう、見切りはついたつもりだけど、いざこういう段階になると、なにかに訴える。
「……正直、会ってもいいなんていったのは後悔してるんだよ。長年あっていなかった家族が再会するなんていかにも美しい話かもしれないけど、私はお父さんに美しい思い出なんて抱いてないも同然だよ。一時期は憎しみだって持った。自分も相手も変わっていて……だからって、平気になるもの? 『何もなかったこと』になんてならないし、感動の再会なんて」
 九年は、長いようで短いようで。三十年とかだったら何もかも吹っ切れていたかもしれない。まだまだ感覚は子供の延長線上にある気がして、なにもかも吹っ切るには、まだ、短い。
 私はいまだに、父の背中しか見ることが出来ない気がする。私を置いて行った、あの背中だけ。手をつないでいた楓に、嫉妬さえもした。私は、連れて行く価値のない子供だったから……。
「うじうじなやんでるなぁ、もう」
「真剣だと言って」
「真剣なら、相談するトコ間違ってるでしょ? 明らかに」
 痛いとこ さしてくれるね 親友よ
 ああ、五七五……
「円満家庭の西尾さんちの長女に相談する内容じゃないよ。お母さんに相談しなさい」
「円満言う割には、大分弟の合格を愚痴っていた記憶が」
「あれは事故、事件」
「こっちも事件だよ!」
 どうだか、と言ったさめた表情で、陽が冷めたコーヒーを嚥下する。
「きっかけと事件間違えたらいかんよ? ここで見当違いの意見言ったって、李花はどうせ怒るだけじゃない。ね?」
「……陽のバカ」
「はいはい。私バッグ見たいんだけど、李花もみるでしょ? 落ち込んでないで早く」
 立ち上がり、紙袋を肩にかけた。ああ、財布がすっからかんになる予感。
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