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moon shine / sun shine
家族編第1話
 それはある日の夕食のこと。その日は、私が料理をはじめてからめったに作らなかったお母さんが、休日以外で久しぶりに夕食を作っていた。帰るのが信じられないくらい早かった――とも言う。
 数日ぶりのおふくろの味にありついていると、お母さんが話の口火を切った。
「李花、……お父さんや楓に、あいたい?」
「何を突然。」
 即答すると、そのまま食事を続ける。黙々と。
 ふしぎと、頭の中で混乱はしなかった。それよりも大切だった目の前のセンター試験。たしか、一週間前切っていた気がする。本命が国立だったから、私だって懸命だったのだ。
 ただ、ほんの少し時間が経って気づく。思い出せば思い出すほど、私って薄情だ。

 青木李花、高三の冬。ある日突然、前触れなく、我が「家族」は動き出したのだ。



 センターはあっけなく終わった。終わってくれなきゃ困るんだけど。自己採点の結果も上々。人気があっても、足を切られることはなさそうと思えるくらい。……と言って一息つければいいんだが、これからが入試シーズン本番。入学手続き金納付までが入試ですよ、と。
 そんなこんなで、気づけばあの日の母の発言はなかったことになっていた。目の前の受験の大切さと、数年ぶりにであうかもしれない父親とでは、前者の方に重みがかかった。だって将来における比重が違うよ。チャペルのバージンロードを歩くのに父親は必要かもしれないが、別に神前だろうと仏前だろうとかまわないし、……その前に相手いないじゃん私。
 湯上りにカフェオレで湯冷め防止をしていると、お母さんが呼ぶ。
「李花、陽ちゃんからー」
「あ、はーいっ」
 電話を代わると、陽の陽気な挨拶が聞こえてきた。こっちも結果は上々みたいだ。そういえば愚痴りたいとか言っていたし。常に電話帳の傍らにおいてある単語カードを握って、いすの上に座る。
 陽はめったに愚痴を言わないが、言い出すと口を挟む余地がないほどに一方的なのだ。適当に聞いて相槌を打つ、と言うのが賢い付き合い方で、真剣に聞いていたらこっちの頭が持たない。
 弟がらみとなれば、余地なんて紙の厚さほどもない。
「……うん、うん、……そうだね……」
 どんな愚痴かって、受験生同士のいさかいに等しい。いや、お互いの立場の相違か。
 陽の双子の弟、光くんは音大附属に通ってる。附属の音大に進学できる人数はそれなりに限られているらしく、一時期かなり精神的に消耗していたようだ。それが先日、内部進学受験の合格書――入学許可書が送付されてきたらしい。
 陽の家は音楽一家で、両親祖父母ともにその合格に大喜びで、陽のことはもう眼中にないんだとか。変に気をつかわれるよりいいんじゃないの、といってみても、弟のゲットした入学許可書がうらやましくて仕方がないらしい。そらそーだ。センター終えたばかりの私達が本命の国立でそれを手に入れるのは三月上旬。まだ二ヶ月もあるのだ。ちなみに、そのころには高校の卒業式も終わってる。
 弟クン的には喜んで欲しかったんじゃなかろーか。……と思うわけなんだが、どうなんだろう。

 ああでも、そうか。

 符号が少し動いた。だからおかあさんは、いきなりそういい始めたのか。
 両親が離婚したために離れて暮らす弟の須王楓は、光くんと同じ高校に通い、同じように大学を附属音大に志望している――はず。きっと合格したかなにかで。きっかけだからと。
 本当なら私は、一学年上の姉だったはずだ。楓が合格すれば、受験なんて無縁だったはず。でも、同学年で。
 思い出せば胸に残る孤独。でもそうはいっていられない。
 って、もうそのことは気分入れ替えて、自分! ……考えたらキリがない。今は受験。将来の夢が先決。三月までは知らぬ存ぜぬだ。



 そして三月も終わりに近づいたころ。第一志望に見事合格――なんて甘い結果は待っていなかった。
 センターの結果がよかったものの、二次でアウト。前期日程・後期日程ともに、受け取ったのは薄っぺらい紙切れ一枚。念が残る結果でしたよ。だれだ、少子化で入りやすいなんて主張するやつは。
 じゃぁ浪人かって言うとそうじゃない。ただでさえ高校進学時に一年留年なんだ。センターの点数を利用した私立入試で、それなりの大学へ入学は決定。きっとそれで気がぬけちゃっていた……のは、否定できない。
 まとめていえば、大学進学決定。高校無事卒業。
 と一息ついていると、母が再び私に聞いた。
「李花、……お父さんに、あいたい?」
「まぁそりゃ、それなりに」
 二ヶ月前とはやや変化した娘の反応に心底安心したらしい母親は、笑みをこぼした。
 なんだなんだ。
 大人の事情なんてヤツには関わりたくないが、いきなりおかしいだろうその話は。答えたあとなだけに引くに引けないし、これから私立に進学する都合上、母には金銭的に迷惑をかけるだろう。これだけよろこばれるとさらに引けない。
 でもなんでだ? なんでいきなり?
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