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moon shine / sun shine
姉弟編第8話
 あたりが明るくなって目を覚ます。あー寝ちゃってたね。陽が誘わなくても当然か。寝るとわかっている女を誘う女じゃないんだ、陽は。何度確認しても、プログラムに載る陽の名前は一番最後だけ。その前に、その弟君の名前がある。
 西尾光。
 聞いた話によると、成績・素行面での問題はなく、附属大学への推薦はほぼ決定。推薦ほぼ決定――となると、内部推薦で落とされることは少ないらしく、すなわち大学進学決定――らしい。我が事のように喜んでいた陽には申し訳ないが、音大進学がそれほどまでにすごいのか、私には理解できない。確かにひとつの道で、ある程度の実力が証明された、ということはすばらしいことではあるが、芸術なんて不確かで、価値観によってすぐに変わってしまうものじゃないか、と思うわけで。
 いや、音楽鑑賞中に寝てしまう私に、言えた話じゃないのは重々わかっているけど。
 空席だった一角は、参加者用の席だったらしく、一番最初に弾いていた男の子の後姿が見えた。きちんとした格好をしている、幼い子供は少ない。
 周りの格好は少しカジュアルで、私が心配したようなきちんとした、エレガントな人はいなかった。スーツをている人が、すこし多いかな。でも私のお母さんも仕事帰りだからスーツだし、不思議な光景だとは思わなかった。
 不思議なのは、普通に観客をしている母の姿。戸惑う様子も何もなく、ただじっとしている。休憩時間ぐらい、顔の筋肉を緩めてもいいと思うのに。鑑賞中もやっぱりむっつりしているのかな? うん。午後の演奏はそれを楽しみにしようかな? 楓と陽は後だし。
 二十分休憩終了のブザーが鳴って、あたりはあわただしくなった。あわただしいというか、ひそひそ声が多い。少し体を倒して一階席を見ると、人ごみが名残惜しそうに、一角から離れていく。

 ――西尾、大樹。

 陽のお父さんで、私の実のお父さんの親友だった人。今でも親友かもしれないけど。
 陽と陽のお母さんは、顔がたしかに似ているんだけど、陽の雰囲気はお父さんに似ていると遠目に感じた。雰囲気が独特で、人をひきつける。見たいとか、見たくないとか、そういった感情を通り越して、見てしまう。この人の作る音楽はきっと、だから人々をひきつけるのだろう、と思った。
 このホールを埋める観客のほとんどが彼と、彼の曲目当てであるという話を聴いたのは、だいぶあとのことだけれど。
 午後の部がはじまる。いすに深く腰掛けて、お母さんの顔を覗き込む。変わりはない。
 すこしでも、息抜きができればいいんだけどね。
 娘らしいことを思って、私は腕を組んで、甘い眠りに誘われる頭を懸命に起こした。
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