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姉弟編第7話
夏が終わってしまえば、秋が終わるのだって早い。気づけば十一月。冬の足音が聞こえていた。
それでも私は、何度目かわからない志望校面接を繰り返していた。先生がさじを投げたのは先週のこと。以来、先生は私に志望校については聞いてこない。
いいじゃん、受かるところと、受かったら宝くじ当たったみたいなところを受ければ。受験なんて、さ。
「李花、質問あと少しで終わるから! 待っててね!」
時計を見た。十六時。放課後は本来、補講があるけれど、今日の私たちはそれをサボってあるものに行く。――定期演奏会。もちろん陽は演奏者としてで、私は聴衆の一人として、だ。
思いっきりいやみを言う先生もいれば、きちんと心配してくれる先生もいた。まぁ大半が前者だったけれど。……余裕じゃなくて、切羽詰ってるから行くんですって言った陽に、うなずいた先生が多かったのは面白かったけれど。
陽と私はそういったものなんだと思う。陽は演奏者としてスポットライトを浴びて、私はそれを見つめる大勢の観衆の中の、一人。そしてそれでもいいんだと思う。スポットの当たらない私を陽はきちんと見てくれるし、たとえスポットの当たらない陽でも、私は胸を張って親友といえる。
ただ、未来を決めかねている人間がスポットライトを浴びても、誰も見ようとは思わないだろう。
「終わり! さ、いこ?」
お母さんの分のチケットはお母さんに渡している。来るか来ないかはお母さん次第で、きっとたぶん、来ないだろう。陽は本来なら本番の前にリハーサルのような、進行確認があるらしいが、授業のためにパスしたらしい。楓と一緒に出る最後のときしか出ないようなので、楓についていけば大丈夫、と微笑む姿が印象的だった。
私たちの間にはない信頼が、彼女らの間にはある。音楽だけがつないでいるわけではない、深い結びつき。血のつながっているだけで、楓と私の間には現実何もない。そのことを、今の私は疑わない。考えている私の手首を陽がつかみ、廊下をずんずんと歩いていく。ひだの多いスカートが、ふわふわとゆれる。
そういえば私を、くらげにたとえた担任がいたなと、中学時代をふと、思い出した。
初めてきた私は知らなかったが、シズク音楽教室の定期演奏会、といえば結構有名らしい。方々に有名人が、というわけではなかったが、結構立派なホールに人が埋まっていた。プログラムで参加者を数えても、その関係者だけでこのホールは埋まらないだろう。
誰も座らない一角が一階席の前方にあり、それをみつめながら私は二階席の一番前に腰を下ろした。
しばらく本を読んでいると、隣に腰を下ろす人がいた。驚いて見上げると、大方来ないだろうと思っていた母だった。仕事が忙しいんじゃないの、と聞こうとしたが、開始のブザーが、始まりかけた親子の会話をさえぎった。アナウンスを聞いてあわてて携帯の電源を切ると、横目に母をちらりと見る。
相変わらずの、生真面目な表情。張り詰めていて、隙がなかった。
もっと肩の力を抜けばいいのに、と娘ながらに思ってしまう。しわの数が増えたんじゃないか、というのは余計なお世話だろうけど。
小学生ぐらいの男の子が出てきた。短い曲でも伝わる、その一生懸命さ。私に今足りないのはこれなのかもしれない、と、くらげのような浮遊感の中、目を瞑った。
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