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姉弟編第6話
翌日、待ち合わせの場所のバス停に立っていた陽の表情ははれていた。むしろ私のほうが重症? いつもだったらバス停に向かって走ってるところなんだけど、なんか体がだるくてそんな気がしない。そろそろだからかなー、月イチの恐怖。
バスの中で、時々心配そうにこちらの顔色を伺う陽に笑みを見せながら、下腹部の辺りに手をのせ、カレンダーを思い出してみる。そういえば、前に来てからだいぶ遅れている。二週間ぐらい遅れているのかな。でも、十八のうら若き乙女はまだ周期が整ってなくても別に異常じゃない。でも私、結構周期的にきていた自信あったのに。
「平気? 暑さで、バテた?」
のぞきこむ陽の顔。車内で邪魔にならない程度に、懸命に首を横に振って、笑顔を見せる。昨日あんなに心配させた親友の顔とは思えない、晴れ切った顔。体のだるさなんて、親友の笑顔に比べれば!
「平気だって。まぁたしかに、暑いしだるいけどねー、学校」
「あと少しでお盆休みに入るんだから。……一週間もないけど、ね」
そう、学校の補講にはお盆が中休みではいる。学生に休息を、というよりは、その期間内に業者を呼んで学校をきれいにしたり、図書室の蔵書点検をしたり、――ようは、学生のいる日にできないことをするらしい。クーラーの着いた年は大掛かりな工事だったため、二週間ほどあったらしいが、受験生から文句ブーブーだったという逸話まである。
「そうだね。でも、夏が終わったら灰色の受験生しか待っていないんだよねー」
「今もそうだよ」
冷静な親友のツッコミに、私は少したじろんだ。受験生である現実と、毎日学校に通う現状との差に温度差はないが、一月のセンター、二月の一般と国立前期、三月の国立後期を受けている自分は、実は想像の範疇外だったりする。人並みに浪人はいやだ、大学行きたいとか思うわけだけど、実はそんなに明確な目標があるわけじゃない。
ただ理系が文系に比べれば得意で、高校の先生に薦められたから、国立理系、なんて志望系統で、それなりの大学名を第一志望にあげちゃったりしているけれど。何をやりたいか、なんていわれても、結局、大人にならなきゃわからないことじゃないですか? なんて、先生に面談で言ったりもした。怒られたけど。
陽はその点、志望系統も何もかもしっかりしてる。国立理系、医学部志望。
そうやって陽と自分を比べると、昨日私が陽を心配していたのがとてもおこがましい行為だったように思えてくる。陽だって普通の女の子だけど、私とは全然違って、きちんと、ちゃんと将来を考えていて、確実に、実現に向かっている。陽の弟も、音大附属への進学を決めて、今一般教養的な科目と、ピアノの練習にいそしんでいるらしい。
……楓だって、多分そうだ。ヴァイオリンの道を、選んでいるに違いない。
十八で決めているのに、十九で悩んでいる私って、なに?
「ぼーっとして、なにかあった? そろそろ学校に着くよ?」
陽が目の前で手を振る。意識を現実に引き戻した私は、陽をじっと見つめた。
本当なら、親友になっていなかったはずの子。本当なら、そこにいたかもしれない別の誰か。
――――別の誰かは、どこにいる?
「なんでもない。ちょっと、考え事」
「……志望校のこと?」
言いにくそうに、陽が声を潜めた。
「先生も心配してるよ? 李花は時々とても刹那的で、享楽的で。考えていないわけじゃなくて、……考えたくないって、頭が拒絶している」
そんなの、私だってわかってる。
「大丈夫だよ、陽。ちゃんと考えてる。自分の将来は、自分で決めなきゃね」
見え透いたうそをついて、親友がうその笑みを浮かべたのを、見て見ぬフリをする。私は優等生じゃない。
受験まで、あと半年。迷っている時間なんて、ないよ。
誰かが、そういった。
決めるための時間なんてもうどこにもない。追い詰められたら、今敷かれているレールを、何も考えずにただ爆走してみればいい。
走ったあとに後悔を覚えたら負け。――それだけのゲームだ。受験なんて。
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