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姉弟編第4話
「くっ、三品先生め……!! ここは予備校かっての!」
「えっ、予備校でいたの?」
いたさいたさ。標的は私じゃなったけれど、ばっちりあたって、痛そうに眠っていた目をぱちくりさせていたさ。今現在、進行形であたしのおでこも痛いけどね。くそう、ピンで前髪止めておかなきゃ、髪がクッション代わりになったかもしれないのにィ。
「災難だったねぇ。でも、午前中で講習終わりでしょ? 今週は」
「陽、まだあるの?」
陽はサンドイッチを、私はお箸を持ちつつランチタイム。学食が、広くてメニュー豊富、安いとくれば利用者が多いのは当たり前のことで、教室の人はまばらだ。おのおの思い思いのスタイルで食べているが、個人的に、ランチタイム始まって二十分は食べることに集中して勉強道具をしまうほうがいいと思う。
「先週入れなかったから、センター対策の講座が一科目」
「ああ、私もう受けたわ。陽は政経だっけ?」
陽が笑顔でうなずくと、ランチ二十分の区切りにチャイムがなった。
すっきりした顔の陽は、実は一番心配にさせる。人間くささを感じないのもその理由だし、うそくさいのもその理由。どうしてこう、悩んでます全開な顔をしないんだろう。
「じゃぁ、私帰るけど、一人でちゃんと帰れる?」
「野宿はしないから」
じゃぁ我が家にお泊りエトセトラの可能性はありでぃすか?
「変な人に誘われてもついていかないんだよ? ハンカチは明日までに洗濯して乾燥機で乾かして、私に返すこと。――家にはちゃんと帰ること」
「最後が一番難しいな」
困ったような、笑み。でもこれは本音の笑みだ。だから、嫌いじゃない。素直に心配させてくれる笑みだから。
「私の家に来ても返すからね。……平気だよ、光君には、私のいとしの弟がいるんだからね」
それがとてもとてもうらやましいんだけど、私的には。陽は手を振って、私を見送った。サンドイッチは半分が残っていて、保冷材はもうとけて残っていなかった。
その日の夜、陽は我が家に来なかった。
まぁ、それが当たり前って言えば、当たり前なんだけど。平気かなー。平気かなー……
いやだって、さ。あの陽がですよ? あの陽が涙を流すんですよ? 私に涙を見せるなんて!! ……親友って、そんなもんですか。そんなもん、ですよ、多分。陽は涙を見せない性分なの。
陽は私の弟を知っているけれど、わたしは陽の弟のことをぜんぜん知らない。知るすべがなかったとも言えるし、知ろうとしなかった――ともいえる。私にとって大事なのは陽が陽でいることであって、そこに弟君の存在は不要だったわけなので。
多分、陽も私に対してはそうだと思う。楓を知っていても、陽にとって私は結局私でしかなくて。
親友だと思っているのは私だけの勘違いかもしれなくて、それって結構切ないんですけど。
親友って、年月だけでできるものじゃないしね。
うん、よし、じゃぁ、今の私がすることはただひとつ!! 陽に、電話しよう。おせっかいだろうとじゃじゃ馬……? だろうとなんだろうと、しゃしゃり出てしまうわ。心配なのは、陽が好きな私が、思うことだもの。
「そーと決まったら、電話電話……」
家の子機を取りにリビングに入ると、珍しくお母様がいた。大学受験を控えた娘を持つ母子家庭の経済状況は、たとえ給付金があっても楽なものではない。おまけに私は、バカみたいに医療費のかかる娘だし。養育費を、月数万だけどお父さんからもらっている分、まだましだといえるけれど。
一家の大黒柱であるお母さんの帰りが、早い日はめったになかった。
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