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moon shine / sun shine
姉弟編第3話
 陽がひとまず泣き止むと、学校に向かい、キープしておいた勉強室に入り込んだ。この勉強室には成績順に優先度があって、前回の期末で四位だった陽と二十位だった私の優先度はもちろん高い。あー、一時間目の講習はサボり決定だな、えーっと、物理。くっはー、陽はよくても私がだめじゃんか。
 そう思ったって、泣いている親友を捨てられるわけはないけどね。
「ごめ、落ち着いたから」
 お弁当のサンドイッチについていた保冷材をハンカチで包んで、目に当てている陽がつぶやいた。保冷材をはずすと、顔色も目の周りも、少し赤みがかかっている程度で、暑い今日は気になるほどじゃない。
「授業、出る」
「平気?」
「受験生だよ? やんなきゃ、ね」
 作ったような笑みが胸に刺さるけれど、私は陽の分もかばんを持って、教室に向かった。同じタイミングで、先生が前から歩いてきた。
「西尾、青木、早く入りなさい」
「はい」
 少し、鼻に詰まった声の陽。本人も気づいているのか、顔が赤くなった。かばんを渡して、教室のドアを開けた。
「レディーファースト?」
 ほんのり、陽が笑う。作っていない笑み。胸のつっかえが取れて、私も笑みが浮かぶ。早く入れ、と先生がせかして、急いで二人、席に座った。後ろの席が埋まっていて、前のほうしか空いていない。いくら人気のない先生だからって露骨じゃないですか? 受験生ならもうちょっと根性見せようよみんな。
 授業が始まってしまえば、日常の始まりを感じさせた。ただ、心の中にわだかまりがある。でもそれはいつだってそうで、今日そのわだかまりが少し、増えただけのことだと思うことにした。



 嫌いな授業に集中しろっていうのも少し難しい。まぁ、結局どうあがいたって受験生なわけだけど。
 陽の弟、というと、私が思い出すのは三年前の彼しかない。楓と陽、弟の光君は、幼馴染だけど、私はその輪の中に入ったことがない。ちょっと悲しいんだけど、まぁ、同じ音楽教室通ったわけじゃないからねぇ。それに当時は病弱最盛期で、病院とお友達の日々を送っていらから。
 三年前、陽に付き合って音楽教室に行ったとき、彼――陽の弟――にあった、それだけだ。
 何があったのか知らないけれど、ひどく落ち込んでいたから、陽がいつも私にぼやくみたいに、弟君に言ったのは覚えている。

 ――私は光君の音が好きだよ。自分の感情がそのまま音になったような、そんな音が好きだよ。

 彼が、私をどう認識していたのかは知らない。その前後の記憶があやふやで。
 でも彼は陽がそういっていたように、自分にとても純粋に見えて、それがとても不安定な雰囲気を醸していた。今はどうなんだろうか? 相変わらずだろうか? いい子に見えたんだけどなぁ。
 っていうかさ、陽があんなに弟を愛しているのは傍から見ても明らかなのに、どうしてあんな拒絶をしたんだろう? いや、他人様のことだし、首突っ込むことじゃないけど、知的好奇心というか、探究心というか、触手が動くというか!
 とにかく、考えずにはいられないのですけれど!
 ちらりと陽のほうを見ると、とても授業に集中なさっていらっしゃる様子。はー、ご立派ですこと。

 楓に拒絶されたらどうしよ?

 「私」だってことがわからない確率のほうが高そうだけど……でも五歳児の記憶力って意外に侮れないとも思うわけで。何で保育がんばんなかったんだろ、自分。もうちょっと覚えていようよ脳みそちゃん……
「青木、授業を聞いているか?」
「とてもじゃないですけど聞いていられる状況じゃないです」
 愛のチョークが飛んできた。
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