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moon shine / sun shine
姉弟編第2話
 むぅ、家の電話が通話中のまんまだ……
 親友・西尾陽に電話をかけようとしても、通話中のにくい音がなるばかりで、ちっともボタンを押させてくれない。十分ぐらいそれが続くとさすがに切れちゃって、仕方がなく携帯へぽちぽちと番号をうつ。ああ、電話代が〜。
 数コール後、聞きなれた声がした。ああよかった。明日、久しぶりに会えるんだから一緒に学校行かない? とかいってみたかったのよ。こんな風に友達と一緒に学校なんていってられるのは高校までじゃないだろうか……なんて思いつつ。
 携帯のメールって味気ないじゃない!
 そんな話をしていると、聞きなれない単語が私の耳を通り過ぎた。
「定期演奏会?」
 弟がどんなにヴァイオリンが上手くとも、実はそっち方面に造詣が深いわけじゃない。母親が興味ない人だからね。父親は結構深い人だったらしいけれど。演奏会なんて無縁だし。音楽に対して母親が離婚して以来過敏だったから、ピアノとかヴァイオリンとか、習いたくともいえない状況だったし。
「そう。音楽教室でね、半年に一回やってるの」
 ほー、初めて聞いたぞ陽さん。そうかぁ、時々バカみたいにピアノにしがみついておんなじ曲ばっか弾いていたのはこれのせいなのかぁ。
「来る気はない?」
「まっさかぁ。聞いてても寝るよ? 私は」
「はっはーん、この陽様がトリでも来ないと申すかおぬしは」
「ははっ、不肖の身の上、ありがたい席には遠慮させていただきたく……」
 何を言っているんだ私たちは、なんて会話は結構あったりする。所詮ハシが転げるだけでも楽しいお年頃さ。
「そっかー、残念。せっかく須王がトリなのにぃー」
「えぇ!?」
 さっきの情報と間違ってやいませんか奥さん!!
「へっへー。トリ、須王との合奏なのよ」
「……って言うか、待って、定期演奏会ってコトは、今までもあったんじゃないでぃすかねぇ?」
 どうして言ってくれないんですか奥さん。私は私の弟君に会いたくて会いたくて会いたくて……(以下略)しょうがなかったというのに!
「須王目当てって悔しいじゃない」
「そんな!!」
 弟が好きで好きでたまらないのは同じブラコン同士同じ気持ちでしょう、奥様。どうして気遣ってくれないんですか、これでも病弱なのに。
「まぁ、そんなわけなのよ。どうする? 身内呼ぶならチケット代タダだから、何枚か確保しておくよ? 一枚? 二枚?」
「えーっと……二枚、なるべく一番舞台から遠い席で」
 気づかれたくないってわけじゃないけど。お母さんも一緒に行くかなぁ? 離婚してもう数年経つんだから、息子にあいたい気持ちの少しぐらいはあるでしょう。少しどころじゃないかもしれないし、もしかしたらもう割り切ってしまっているのかもしれないけれど。
「了解。じゃね〜」
 携帯をきると、通話時間の新記録を更新している。あいやー、料金明細が怖いなぁ。無料通話分はもうないな。
 にしても。グッジョブ陽! うーん、当日何着たらいいのかな? ふつーの服でも平気? って言うかあったら泣きそうだよ私。今からもう泣きそうなんですよ。
 指折り数えると、十三年ぶりぐらい。離婚記念日は楓の誕生日の翌日だったのが、鮮烈だった。母のひそかなあてつけだったのかな、なんて、年の増えた今は邪推したり。今、私は十九。楓はまだ十七。
 私はまだ十九で、もう十九。本当なら大学にいっていたけれど、本当なら陽ともこんなに仲良くならなかったかな。両親が再婚すればいいとか、一時期持った幻想も今は影を潜めている。
 娘と男親は折り合いが悪いのが相場って言うでしょ? そんな経験ないんだよね……
 私は、あえるだけでいい。
 あえる苦しみなんて、私はないと思った。



 翌日、私は親友ともの待ち合わせで信じられない光景を目にした。陽の弟が陽を拒絶して、陽が地面に座り込んで泣いた。――そんな光景。
 駆け寄ってしゃがんだ私に陽がしがみついて、私はポケットから二枚のハンカチを渡した。ひとつは汗用、ひとつは手を拭くためのもの。潔癖症というわけじゃないのですけど。いやじゃないですか。
 泣く陽を見るのは正直何年かぶりで、それこそ傷が痛いようレベルだった気がする。心の底でのあわてっぷりは数年ぶりだったけど、それと同時に冷たいものが流れ込んできた。
 毎日あっていたって拒絶されるのに、久しぶりに会って拒絶されることは?
 陽を抱きしめながら、私は自分を抱きしめていたのかもしれない。
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