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明るくなる方法
番外編 第7話
 初めてであったのは、小学校二年生のとき。一緒に食事だと行って父親に連れて行かれたときだった。食事もしたけれど、そのときに道徳とであった。彼はまだ小学校入学前で、そのころはまだ健康だった。
 お互いに再婚同士、子供はあっさり了承したこともあって、話は順調に進み、小学校三年に進学したとき、再婚した。それと同時に、道徳が幼い頃に患っていた病が再発して、倒れたんだ。
 じつは、倒れるまで、あたしたちは特別、仲がいいわけではなかった。
 お互いに親を取られたという気持ちもあったのかも知れないし、赤の他人なのに「姉弟」といわれた瞬間に生じた違和感が、ずっとぬぐえなかった。とはいえ、仮にも弟になったのだからと、気にはしていた。だから入院したとき、一週間に一回は行こうと決めたのだ。
 病室のベッドで外を見つめる彼は退屈そうだった。父親の奥さんが進めるままに、とうとうと今日の出来事――とくに、学校でのものが好まれた――を話すと、楽しそうに聞く。時には詳細をねだったり、なんで? と聞いてきたりもした。なんにせよ、こんなに楽しくあたしの話を聞いてくれる「弟」がかわいくて仕方がなくて、そのときあたしははじめて、「姉」になった。思えばそれまでずっと一人っ子だったのに、いきなり「姉」になったんだから、戸惑って当然だよな。

 それから、毎日のように病院に行くようになる。

 行かない日はむずむずして、今度は電話をかけてしまう。電話に出るには病室の外に出るんだときいてから、やっぱり毎日行くようにしようと決意を固めた。学校のない土曜日曜でも会話は途絶えなかったし、いつも楽しかった。
 道徳という名前が示すように、彼はなかなか正義感が強かった。礼儀正しくて。あたしが先生に怒られたという話をすると、まるで先生みたいに再びお説教をする。先生に怒られなくても、屋上にこっそり忍び込んだと言ったら、あそこは危険で立ち入り禁止なんだからと、これもしかり始める。
 思えば、会話の半分ぐらいは説教だったのかも知れない。彼は私の話をよく聞いて、よく怒ってくれた。彼の話はすんなり聞けて、先生に怒られる回数は学年をおう毎に減っていった。
 転機は、小学校六年生に進級したばかりの頃、おとずれた。
 それは、生命の期限の宣告。あと一年もつかもたないか。――そう、言われてしまった。

 それから約一年後の三月。卒業式から三日後に、ソメイヨシノが花をつけた。
 その日、あたしは病室の前にあるベンチにずっと座っていた。両親は病室で懸命に弟の手を握り、名前を呼んでいたように記憶している。あたしはすべて目の当たりにするのが怖くて、外にいた。声だけが漏れ聞こえる。気づけば眠っていて、起きたときには翌日の通夜が決まっていた。
 卒業式の日にもらった手紙は前兆のようで、怖くてあけられなかった。結果的に彼の死後開封した手紙は遺書のようで、たった三行の言葉が、あたしを苦しめた。
 姉弟になって、わずか四年だったけれど、毎日のように病院に行った。その日の出来事をなんでも話して、笑って、一日を過ごして。大好きな、大好きな弟だった。余命幾ばくもないと宣告されてはいたけれど、両親は毎日懸命に治療の手段を探していたし、治ると思っていた。不治の病にこんな小さい子が冒されているなんて、信じたくなかった。
 たたきつけられた現実は残酷で、結局あたしは亡骸をみることも、骨を拾うこともしないで、家に引きこもった。
 中学になんて、行きたくなかった。帰ったとき、誰に何を言ったらいいのかわからなかった。どこに行ったらいいのか。誰が、あの笑顔の代わりになるというのか。
 ――わからなかった。
 一日でも早く、『終わり』が来てほしかった。そうすれば、あの子のもとへいける。
 あの日から、あたしはいつも、潮時だった。いつも思っていた。

 どうしてあのとき、彼と一緒に『終わり』になれなかったんだろうって。



 翌日の月曜日。家からブランケットを持参し、屋上でそれにくるまりながら昼寝をしていると、お昼休みの時間、李花が登場した。
「真理先輩? お昼の時間ですよ? まだ、寝てるんですか」
 ふっと日差しが遮られ、李花の顔が視界を覆った。ってことは、彼女の視界にはあたしが一杯映っているんだろうなぁと思うと、なんだか不思議な感じがする。身体を起こして、お弁当を広げ始めた李花に尋ねる。
「ねぇ、李花。定例会って、次はいつあるの?」
「定例会って、文化祭のですよね? んー、スケジュール帳みないとわからないかな。明日でも、いいですか?」
「それでいいよ、ありがとう」
 これであう心配もない。そう思うとすこし、胸のつっかえがとれたような気分だ。
 李花はなんだか口元をほころばせながら食べている。おいしいの? と聞くと、満面の笑みを浮かべて答えが飛んできた。
「そうじゃなくて。なんだか、真理先輩、楽しそうだから」
「……へ?」
 頬が緊張する。手を無意識に、ぎゅっと、強く握る。
「高崎先輩といるときの真理先輩は楽しそうで。あたしも真理先輩と一緒にいるときは楽しいから、それがなんだか、うれしくて」
「高崎先輩って?」
「もちろん、あの高崎先輩ですよ〜。気づいてなかったんですか?」
 気づいていないって、なにに、だ?
「そんなはずない。あたしが楽しいはずない。あたしが、」
 李花がすぐにわかるほどに心配そうな表情で、あたしをみる。
 李花があたしをみる。視線が合う。――悲しい眼。
「先輩、なんで、泣いているんですか……?」
 神様はどうして、自分で自分の顔が見られないように人間を設計したんだろう。
 それが一番不便だ。
 頬を伝う感触だけでそれが涙だとわかるほど、あたしはそれを流したことがない。
 とにかく李花にこんな顔は見せられなくて、逃げるように屋上を出た。逃げたくて仕方がなかった。
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