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明るくなる方法
番外編 第5話
 デートをしましょうと言われて、すぐにこたえられるほど、あたしはそっちの方面に疎い。疎いと言うより意識したことすらなく……嫌って言うより、冗談に違いない。そう思うことにした。 デートについて、イエスもノーも言っていなければ、待ち合わせ場所も集合時間も決めていないのだから、まず無理だろうと腹をくくっていたらなめていたことに気づく。

 ヤツは「同じ町内」にすむ、「ご近所さん」だ。

「真理さん? あの、門に今日一緒に出かける約束をしているという男性の方がいらっしゃるのですが」
 志摩さんという、あたしの世話係みたいな人が、怪訝な顔をして部屋に入ってきた。いつもニコニコしている彼女にそんな表情させるなんて滅多なことではなくて、実際、あたしに男が尋ねてくるなんて尋常じゃない。
 でも、思いあたる節があり、不幸なことにその直感が当たるに違いない。
「……名前は?」
「高崎健太郎様、と」
 息を八秒ぐらい吐いたあと、座っていた椅子から立ち上がり、中身も外見も飾り気のないクローゼットに向かった。
「志摩さん、今から支度するから、あと十五分ほど待ってろって言っておいてください。家にあげなくていいから」
「あの、真理さんにこんなことを直接伺うのは失礼かもしれませんが、お付き合いされている方ですか……?」
「つきまとわれて困っている、のほうが正しい」
「まぁ。お気をつけてくださいね」
「ん、大丈夫」
 そこまで危険な人物ではないというのは、断言できる。今日のお誘いにしたって、いきなりどこかに連れ込まれるとか、そんなことはないだろう。あったら全力で殴って蹴り飛ばしてやる。
 癒し系というのも何だが、離していると落ち着くという感覚の方が近い。近いだけで、遠回しな言い方に苛立つこともある。強引な、有無を言わさないような手段にも腹を立てつつ、結局こうして着替えているんだから、なんとなく、弱さを感じる。――あたしが。
 五月ということもあって、外はもうすっかり夏らしい。Tシャツにジーパン、パーカーを羽織って足下はサンダルと悩んだ末にスニーカー。デートと言われてデートらしい格好なんてできるか! と言い訳する。
「や、ちがうし! つきまとわれてるだけだし!」
 大きな独り言をつぶやきながら、長い髪を結ぶ。こればかりは自分に技術もないこともあって、ポニーテールだ。志摩さんに言えばバリエーション豊富にあれこれしてくれることを理解しつつ、頼んだのなんて父親のせいで着飾る羽目になったときぐらいだ。
 時計をみるときっかり十分たっている。これは朝食抜きかなーと思いながら、リビングのドアを開ける。
「あ、仕度、終えられたんですか」
「……志摩さん、上げなくてもいいって」
「暑いですから。冷えたお茶の一杯くらい、いいじゃないですか」
 アイツが階下のリビングでコップを干しながらくつろいでいる姿にがくっと肩を落とした。
「それに真理さん、朝ご飯を食べられないんじゃ身体に悪いですよ。ただでさえ夏場は食が細いんだから!」
 十五分で身支度といったのがいけなかったらしい。たしかにそうすると朝ご飯の時間はないけれども、時計の短針はすでに十を誘おうとしている時間だから、遅めの朝食兼早めの昼食を外で取ればいいぐらいに考えて……
「用意、すぐできますから〜」
 仕方がないか。
 いつもの席は客人が座っているので、その向かいに座る。テレビのスイッチをつけ、チャンネルを無作為に選ぶ。楽しいか楽しくないかは問題ではなく、どれだけ気を引いてくれる番組か否かが大切だ。
 とはいってもそんな都合のいい番組は見つからず、情報バラエティで妥協する。
 志摩さんが台所でお味噌汁を温めて魚を焼いている間に、ほうじ茶を入れて一息つく。ご飯とのりを少しずつ食べ始める。
「あっ、また単品だけ!」
 気づいた志摩さんがお茶碗を取り上げ、言葉にならないうめき声を上げる。志摩さんは「三角食べ」の信者で、箸の使い方よりもこの三角食べにうるさい。今時そんな食べ方を熱心に教える親はいないと言うに。
 目の前の男は単品だけ食べているのをしかっている理由がわからないのか、きょとんとした表情だ。志摩さんが三角食べを連呼しているのを訊いても、肝心の三角食べがわからないらしい。
 志摩さんがお客さんの前ですからと、いつもよりだいぶ早くお説教から解放すると、魚、味噌汁が登場して、ようやく食事にありつけた。
「三角食べって言うのは、こう、三角形作るみたいにして箸を動かす食べ方のこと。いわれなかった?」
 ごはん、味噌汁、魚の順序で食べていく様子を見せながら解説すると、興味深げにうなずいた。やっぱり、昨今の親はそんなにうるさく言わないよ、こんな食べ方。
「というより、我が家ではこんなにおいしそうな朝食はでませんね。基本パンとジャム、飲み物とフルーツで、朝食はおしまいです。それで十分かも知れませんけど」
「育ち盛りに、足りるんですか?」
 今度は志摩さんの方が興味を持った。あたしは別にそれでもいいんだけれど、志摩さんがかたくななほどに和食志向で、健康食志向だから。
 高崎健太郎は志摩さんの質問に、丁寧に答えていく。お互いに話し合っているのを訊いていると、おじいさんとおばあさんの会話みたいだ。なんだか丁寧で、時々遠回しな言い方で、言葉のキャッチボールをしていく。
 曰く、フルーツで腹持ちするのだとか。ちまたではやったバナナダイエットと似たような趣向か? ともかく、高崎家の朝食は一家全員それで済ませるそうだ。スープがほしいならお湯を注ぐインスタントで、お母さんの仕事はフルーツを切る程度。聞けば共働きと言うから、納得だ。朝は忙しいんだろう。
 そうこうしているうちに、あたしの朝食は終わり、玄関で志摩さんが見送ってくれた。携帯と財布だけを持って、完全に散歩モードだ。これですごいところにまで遠出されたら困るくらい。高崎健太郎が歩くので、その少し後ろを歩いた。
「どこいくんだ?」
「ヒミツです」
 それぐらい、いいじゃないかと思いつつ。
 バス停でバスを待ち、それに乗る。途中でバスを乗り換えて、合計三十分ぐらいゆられると、隣の市に入る。ここらへんに来るのは初めてで、辺りをきょろきょろと見回しつつ、高崎健太郎の後ろについていく。時々後ろを振り返りつつ、歩く速度を落としたりしつつ、気にはしているけれど、決して隣を歩こうとしないあたり、あたしとの距離の取り方を、自然に理解している感じだ。
 それがまた苛立つんだけれども。
 住宅街が少し続くと、今度は柵の向こう一面に木が並ぶ。若干、林というか、森というか。密度が森らしくなったところで、柵の切れ目――門と校舎が登場した。脇にあるのは、宮脇学園高等学校と書いてある。みやわき、みやわき……最近どこかで聞いたような。
「……高校?」
「僕が通う高校です」
「ぶ、部外者はダメだろ?!」
「僕も今私服だし、先生も少ないから。咎められないでしょう、部活やってるところの近くには行けないけど」
 部活はクラブ棟のまわりかグラウンドだという。クラブ棟って、ようは部活専門の建物だよなぁ……さすが私立すごい。
「遠くから眺める程度ならばれませんよ。さぁさぁ」
 腕を引っ張られ、一歩、校門の中に入る。

「ようこそ、宮脇へ!」

 満面の笑みで、出迎えられた。



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