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番外編 第4話
「タカサキケンタロウさん……ですか?」
翌々日の火曜日。ゴールデンウィークの途中に突如挟まれた平日。一日を悶々と過ごしたあたしが、李花にした質問は直球だった。
李花はいつものようにお弁当箱を広げていて、いつもと違うのは水筒ではなく牛乳の紙パックを飲んでいるあたりぐらい。なんでも五月に入ると授業中ものどが渇く為に、お昼には空になってしまうそうだ。
「そう。文化祭委員の関係者で、高崎健太郎」
「真理先輩、ご存知ないんですが?」
「へ?」
「真理先輩の二級上にあたる方ですよ。前回文化祭をした際の実行委員会委員長で、今の文化祭実行委員会で、陰の実力者みたいな人です。高校生だし、あまり表立って口は挟みませんけど。真理先輩が一年生の時、三年生だし、頻繁に生徒総会とかで話していた人だし、いくら真理先輩でも……」
「あたしは前の生徒会長すら知らなかった女だぞ?」
李花の選挙があるまで、自分のクラスにいたことに気づかなかったほどだ。
「……そ、そうですね……」
そのうえ、言われてみればいたような、という見当がつくほどの脳みそでもない。言われても思い出せないし、実感がわかない。一年の時の文化祭にしたって、いつものように屋上に通い詰め、ぼーっと空を見て過ごしていた。あのころは李花も冴島もいなかったから本当に退屈で。
懐かしいと思うこともない。文化祭だからと言って特別なことはなかったし、特別でない日常は、すぐに記憶に埋もれていった。一番眺めていた空模様すら、記憶にすらない。
「ま、高崎健太郎さんはそういう人ですよ。お知り合いなんですか?」
「いや、なんというか、知り合いになったというのか。道を」
話ながら、違和感を感じる。会議室が何階か聞かれたのがそもそもの始まりだが。
「ってことは、卒業生だよな?」
「ええ」
「会議室はここ二年の間に、変わっていないよな?」
「変えられるもんじゃないですからねぇ」
「……じゃぁ」
頭を抱えるしかない。
知ってる場所を聞くなんて、あほらしいこと、するやつだろうか? あんな人に道を聞くにも恐縮して、礼儀正しくいる人間が、知っている場所を訊く?
「なんか、あったんですか?」
「いや」
ここでおそらく大半の女子がするのは色めいた妄想だろうが、あたしはそんなのとは無縁だ。
だから。
「今日、集まりがあるんだっけ?」
「文化祭委員の集まりですか? ありますよー、毎月一回。夏休み以降は週一、直前は毎日らしいですけど」
「ん、ありがと」
「? ええ、どういたしまして」
微笑みに頬をゆるませる。冴島は新学期早々休み始めて、屋上にすら来ない。保健室に行っているのかもしれんが、あたしは知らない。
とりあえず、高崎健太郎の思惑を、あたしははかりかねているから、本人に直接聞いてやろうじゃないか。
李花が屋上から出ていく、五時間目のチャイムを聞きながら、うとうととし始めていたはずだ。気づけば李花の膝掛けを下に敷いて、寝入っていたのか。……立派な夕方だ。
李花にあとで謝るかと思いつつ、敷いていた膝掛けを折りたたむ。おかげでコンクリートの石のあとはほとんどついてないし、節々の痛みもさほどない。この経験を活かして、マイシーツ・マイ毛布でも持ち込もうか。
「起きられましたか?」
「……起き、……へ?」
あたしは驚いてばっかりだと思う。こと、この男については。
「青木さんにうかがったんです。屋上にいますよって。鍵も開いていて、助かりました」
「なんで、ここに?」
「きいてなかったんですか? もう一度言いますと、青木さんに……」
「や、それじゃなくって、なぜ」
寝起きだからなのか、頭も口もうまく回らない。
それを知ってか知らずか、彼は勝手に補足した。
「覚えていませんか? じゃぁもう一度言いますよ? 『今度は是非、一緒に下校しましょう。同じ町内ですから』」
「……あ、頭痛い」
あのときの抑揚さえそのままの繰り返し。その場面が頭によみがえってきた。思わず頭を抱えたあたしに対して、ヤツは気にもとめずにだらだらと話し始めた。
「夏も近いとはいえ、屋上で寝たら身体に悪いですよ。日焼けももちろん心配ですけど、温度の上がったアスファルトでやけどしたらせっかくの白い肌がもったいないです」
あきれて半分、寝起きと今まで会話したことがないようなペースが重なって、言葉が出ない。
だが、このままではペースにのまれそうだ。なにか話を遮断しなければと本能が訴える。えーっとえーっと、たしか、あたしは、あったら、訊きたい、ことが、あった、ハズ!
「あああああああ!」
「なんですか?」
あっさりとした反応。なんかこう、うわぁとか言って驚くところじゃないかな。
冷静に返答してくる男にすでにあたしのペースは乱されている。否、乱されまくりかも知れない。たたんだ膝掛けをどこに置こうか迷って、とりあえず自分の膝の上に置く。
なんとなく正座をして、目の前にいる男を凝視した。
「なぜ、あたしに、会議室の場所をきいた?」
「それが、知りたいんですか?」
「ああ」
「じゃぁ、教えて差し上げる代わりに、日曜日、あいていますか?」
「……?」
「デートをしましょう」
その後、あたしは硬直する。どうやって家に帰ったかは記憶にない。
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