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第2部 第9話
冬になった。今年は少しだけ、二人の離婚記念日を意識せずにせるんじゃないかと思う。
母が出張で、いなかったせいか。自分の、精神的な変化か。どっちが原因かなんてわからないけど。
隣にいる笹本くんはなんにも話さず、ただ手をつないでいる。繋いだ手は当たり前のように暖かく、話しかけるのはすこし恥ずかしくて、うつむき加減にゆっくりとした歩調で道を進んでいく、塾の帰り道。
バス停から、私の家までのちょっとの距離を、こうして歩くようになってから、一ヶ月が経った。 季節はあっという間に冬を迎え、学期末はすぐそこに近づいている。いろいろあったなと思うのは簡単なことで、笹本くんが隣にいる時、あまり余分なことは考えないようになった。
考えて考えて、どツボにはまるのが目に見える。なんだかもう、その感覚は、つきあう前からそうだったわけだけど。
「冬休みは、生徒会も落ち着くんだ。選挙ぐらいしか、イベントないから。……だから、講習の合間とかで、どこかでかけようか」
そんなそんな、デートの誘い。
「えっ、と、うん……」
なんもかえしたらいいのかわからず、取り敢えずの肯定だけは、忘れずに返した。
「いつにする? あーっと、クリスマス、とか」
「25日は、模試でしょ?」
一日中机にべったりの予定だ、悲しいことに。 冬季講習明けの方が成績はいいだろうに、なぜか一番学力の下がりそうな時期にもしが設定されているのだ。
「あー、そっか、じゃあ、……24日、図書館で一緒に勉強しようか。昼ぐらいから。終業式終わってすぐ、は、家族と出かけなくちゃならなくて」
「うん、大丈夫だよ。13時ぐらいでいいかな?」
土曜の自分の活動時間が正直、昼からだ。
「いいよ。24日、13時だね」
まあ、今週の土曜日だ、忘れることもないだろう。
マンションのエントランスで手を離すと、私はオートロックを解除して、自動ドアの中に入る。振り返って手を振ると、笹本くんが手を振り返す。ああなんか、彼氏と彼女っぽいなあなんて、その瞬間に思う。
その瞬間だけって、訳ではないんだけど。
笹本くんの後ろ姿を確認してエレベーターに入り、一息つく。ためいきをつくと幸せが逃げるだなんて、嘘みたいな話だ。実際、幸せは逃げてこないし、ため息をこらえても幸せにはなれなかった。
それよりも、ため息をつくと、落ち着く。緊張から解き放たれて、ほっとする。
……つきあって一月。長いようで、短いようで……結局のところ、私と笹本くんは「それっぽく」なってはいるけれど、自分でも疑問符が抜けない。
世の中の彼氏彼女は、なにをもって「つきあっている」といっているんだろうか……
いままで誰かに相談したことも、相談されたこともないような疑問が、頭を巡るようになった。お母さんにも聞けないよこんなの。
真理先輩に、聞くのもなんだかためらわれるというか。受験が近づいていることも含めた二重の意味で、相談しづらい。支倉さんとは、もともと? 仲がいいってわけではないし。残るのは冴島だけど、異性にこの質問は、聞き辛い。
委員会で少しは広がったと思ったんだけどなぁ。
友達って、どうしてこんなに増やせないものなのか。
そう思ったところで、ふと、幼馴染の顔が浮かんだ。
25日に両親が離婚して以来、ずっと疎遠の、けれども数少ないだろう、幼なじみ。ただ、出張中の母に連絡先を聞いてまで、相談する気には、なれず。
明けて翌日。
駅に向かうバスを待っているなかで、学校の帰りに歩いている所で、携帯のバイブがなった。着信表示はおかあさんだ。まだ仕事中の時間、さらには出張中なのだから、珍しい電話。記憶のある限り初めてかもしれない。いつもはメールだ。
でも、要件が。
「病院、予約しておいた」
「突然電話したと思ったら、それ?」
少し肩透かしを食らう……も、思い当たる節があると、なかなか言えないのも正直なところだ。
なにしろ、最近確かにいっていない。半年に一回の約束、果たして守れているのかは不安なところ。あまり好きじゃないんだもん、待ち時間とか広いロビーとか、ただよう雰囲気が。
もちろん、母は私の病院嫌いなんて承知のうえで、さきに病院予約をしてから電話してきたわけだけど。
いつ戻るの? なんて問いかけを、しかけて飲み込む。
クリスマスを追えるまで、戻らない出張の検討はついている。離婚からこの方、母は自宅でクリスマスイヴからクリスマスの2日間、過ごせた試しがない。
クリスマスケーキは27日とかに食べるからね。ピースケーキ買ってきて代用。最初こそ寂しかったものの、慣れって平気だ。
「うん、他に用件はないわ。かわりはないでしょ?」
なにかメールしようとしたこともなかったので、その通り答えると、平静さな風の「そ?」が帰ってきた。病院の件は、相当巻いて仕事放ってやったに違いないのに、えらい差だ。
「とにかく、忘れずにね! せっかく土曜に取れたんだから」
いつもの先生は常勤で当番のときでなければ土日は基本的にいない。自然、平日の学校終わりに、猛ダッシュで駆け込むパターンになる。だから土曜がいいのだけど、そうそう都合良く取れることは、稀なのだ。
とにかくも、逃れられない予定をひとまず生徒手帳のスケジュールに書き付け、終話。念のために携帯のカレンダーにもいれて、一段落。
今週の土曜日。10時から。
日付は24日。クリスマスイヴだ。
たしか、笹本くんと午後から図書館に行く約束していたよなぁと、薄ぼんやり、思い出す。結局毎日あっていると、約束を改めてするのが恥ずかしいというのを、初めて実感した。
いやでも、翌日の日曜日は模試だし、図書館で勉強が主だし、と訳もわからずぐるぐると思考をはじめる。
なにを考えたいんだ、私は!!
終業式まであと2日。クリスマスまであと4日。
平静を、心がけないとなぁ。
終業式の日がやってきた。そろそろ受験シーズンが始まることもあって、三年はもちろん、せんせいたちもどこか浮き足だつまている校舎はどことなく居心地が悪い。去年は、生徒会選挙のドタバタに隠れていたんだろうな、きっと。
自然、屋上に足が向くわけだが、寒い中の屋上というのは、あまり心地のいい場所ではない。だいぶ。
「李花、なんなの、そこ仏頂面」
浮足立っているはずの受験生が冷静にいう。夏休み明け、学年順位を大幅に上げ、学習態度をあらためた井上真理は、当時一大センセーションを起こしたにもかかわらず、人の噂も七十五日とはよく言ったもので、今回の期末で16位への躍進、誰も騒がない。
この人の生き方がいちいちかっこよすぎるよなぁと、思わないでもない。
「んー、ちょっと。」
そういえば、この人は私のなかでいちばん身近な彼氏持ちだよな。高崎先輩。委員会での高崎先輩は、優秀な人のなかの優秀な人って感じで、正直近寄り難い人だった。
「高崎先輩って、どんな人なんですか?」
「李花も気になる?」
「や、先輩の彼氏じゃないですか!」
「彼氏ねぇ」
真理先輩は、すこし、考えた。
「どんなって、あいつを形容する言葉はないよね。私は、自分が大概ゆがんだ方だと思っていたけど、あいつはそれを凌ぐから」
「じゃあ、どこが好きなんですか?」
「多分、縛られていたからあれだけ歪んだのに、ゆがんだ分、自由なんだよな。時々超越してて困る。そういうところかな」
うーん、わからない…… 他人では理解できないほど、愛情が深いってことなのかぁ?
「李花はどうなの? 冴島とか」
「それはないです」
「そうかなぁ? お似合いだと思うけど」
冴島は、真理先輩しか眼中にないですってば。
「まさか李花と、こんな恋バナする日がくるとはね。気になる男の子とか、いないの?」
――この期に及んで。
はじめて、笹本くんが浮かぶようになった。
小さく。小さく。
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