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明るくなる方法
第2部 第6話
 その日の放課後、急遽自分主催で招集をかけた。集まったのは私を入れて三人。同じクラスで文化祭委員をやっている片瀬くんと、言わずもがな、笹本くんである。
「と、いうわけで、私、青木李花は、支倉清香さんと、若干ガチでバトルいたしまして、明日、支倉さんは欠席です」
「あ、あれってやっぱりそうだったんだ?」
「片瀬くん、聞いてたの?」
「結構青木さん、声が大きめで怒鳴っていたからね。俺の場合は、野次馬根性で、ちょっと廊下でたし。笹本フォローしてたの、無駄になったんだねー」
「面目ない」
 そこまで見られているとは、ちょっと不覚かもしれない。
「あ、で、笹本くんは生徒会で少ししか時間とれないってことなので、簡潔に行きますと」
 係の現状、一昨年での流れ、現在の進行状況など、なるべく端的に伝えていく。準備という準備はほとんど終わっていて、あとは集計し終わっているアンケートを元に、準備期間中、物品を取りに来てもらい、配布するだけだ。
「難所は、配布期間中の配布した、していないって言うのと、数の確認。毎年ここで何か間違えるから、準備期間中はどうしても、誰か手伝いがほしいの」
「俺も大型の物品で同じ作業してるから、直接的に手伝いは無理かな、お互いにフォローするのはできるだろうけど」
「準備期間中だけでいいなら、そのころはパンフレットの係が暇になるはずだよ、他にもいくつか」
「できれば、固定でほしいの。パンフレットだと、納入されたパンフレットの確認で一日は抜けるでしょ?」
「うーん、当日企画のやつは詰めの時期に入るから無理だし、誰かどこかで抜けるなぁ」
「んーー、そう……」
「そこまで最悪のシナリオを考えなくてもいいんじゃない?」
「いや、考える!」
 最悪のシナリオで動けばそれよりちょっといいくらいで物事は進むって、お母さん言ってたし!
「あ、時間切れだ。生徒会の方あるから。欠員の件は、万が一の補充で何とか考えておく。でも、なるべく……参加する方向でお願いします……僕も善処するし」
「おねがいします。こっちこそ、迷惑かけてごめんねー」
「なんの」
 鞄を持って笹本くんが教室を出て行く。片瀬くんと2人残って、周りはみんな、部活か帰宅していてがらんとした教室になった。
「なぁ、青木。それより、支倉をこっちに来させるようにした方がいいんじゃね?」
「んー、そう思うんだけどさぁ。ここ最近顕著なんだよね、部活を理由にしてこないの。夏休み中はさほどでもなかったんだけど」
 正直、引退して本当に忙しいのかも、としか考えようがなくて困る。夏休み中は三年がいたから時々休んでいたけど、いまは三年が引退していないから……っていうのは、すごく理屈が通る。部員数の話は笹本くんからも真実だと確認済みだし。
「俺が思うにー、青木がそうやってあれこれ完璧にやっちゃうのもいけないと思うんだよな」
「……じゃぁ、誰がやるって言うの」
「それがいけないんだってば。確かに休んでる支倉も悪いけど、そうやっていないからって言うんで完璧にあれこれやられたら、自分の立つ瀬ないじゃん」
「なら、自分から参画すれば」
「それは頭いい人の論理だよ。俺や支倉みたいな、ふっつーの人間からしてみたら、要領よくあれこれやるって言うのは無理で、やられちゃうと、とたんに、やる気なくすんだって」
「よくわかんない。やることやってない、それだけの話でしょ?」
「あー、……通じないなぁ」
 片瀬くんが頭を抱え始めた。
「ねぇ、そういえば、笹本と塾デートって言う噂ホント?」
「は?」
「あ、嘘なんだ」
 昼間、真理先輩にも聞かれた話題だが。なんでまた、そんな噂が流れるのか、そっちの方が不思議だ。
 即時に否定されたことで、なんだか安心感が……片瀬という人間にわいた。噂という噂を、現実とそぐわない場合に否定するのは、腰が折れる。一年の時に実感したからなぁ、と懐かしい思い出を引っ張り出す。
 噂ではなくて、私という人間の反応で答えを出したこの片瀬くんは、直感的に、イイと思えた。今まで同じクラスの文化祭委員として接触してきたつもりだが、あまり見えていなかったんだなぁと思う。
「塾が一緒なのは本当だけど、バスが一緒になるのはたまたまで、お互いに時間を合わせている訳じゃないもん」
「でもそもそも、この時期に塾が一緒って珍しくね?」
 駅の近辺には、中学生向けの塾が乱立している。私は中一の頃から通っているけど、笹本くんは今年の夏期講習からだ。入塾のタイミングとしては、どちらも早い。
 難関校と言われる志望校に決めている……まぁ半分、親の志望みたいなものだけど――の私と違って、笹本くんは別に、志望校が決まっているわけでも、成績が悪いわけでもない。
 実際、文化祭の委員の中で塾通いは半分以下だし、学年全体の割合でもそう変わらない。
 中学二年の二学期。冬休みや春休みが明けるまで、余り受験という意識はない。そんな割合の中で、一緒になるのは……まぁ、珍しいことかもしれないが。
「駅前に百も二百も塾があるわけでないし、一緒になるのは偶然の範囲内じゃない?」
 んー、だよなぁ。
「まぁでも、その偶然がおもしろくないやつもいると思うぜ〜」
 そっちになるのか!
「……笹本くんの、ファン?」
「あいつは、ファンがいるような人間じゃないよ。顔はそこそこだけど、それよりも性格と頭で、そうするとアイドルみたいな感じじゃなくて、もっと身近な対象だと思うよ」
 う、笹本くんをさわやかなアイドル的に見ている私には痛い指摘……!
「そうなの?」
「あんまり、女子とそういう話しねぇの?」
「しないというか、する気もないというか」
「それ後者だろ」
「ええ」
 否定は、しない。
「まぁだから、青木は視野が狭いんだと思うよ。笹本とのことにしても、支倉とのことにしても」
「狭い?」
 すーっごく自分では、広く周りを見渡して、気遣っているつもりなんだけどな?
「俺は青木みたいに何でも自分でやれないから、やっぱり思うよ。青木にはもうそんなつもりはないんだろうけど、絶対支倉を説得したほうが、いいって」
 さっき片瀬くんが言ったこと以外に、原因があるってこと?
「……そう、かなぁ。でも俺、結局笹本みたいに頭いいわけじゃねぇもん」
 んー、さっぱりとした簡潔な、それでいて小気味よい感覚すら覚える回答だなぁ。
「んー、わかった」
 と、一応、応えておく。まる。



 集会を終えると、テスト週間に入る直前の、現実から逃げるような部活動の熱気がグラウンドから伝わってくる。炎天下なのに、よくあんなにグラウンドを走り回れるよなぁと、完全に文化系の私は思う。笹本くんも、よくサッカーなんてできるよなぁ。ボール追いかけて九十分走り続けるなんて、無理無理。
 グラウンドを見回すと、今日は隅の方でサッカー部が練習をしていた。そこにはもちろん、支倉さんもいた。一年生にスコア記録の取り方を教えているのか、コーチと一緒にあれやこれやと、画板を持った一年に話している姿が見えた。
 ……まじめ、何だよね。
 最初は、文化祭に熱心じゃないから係に来ないんだと思っていたけれど、そうじゃないんだろうなとは、思い始めている。部活には熱心だし、一方で、勉強だってそこそこにやっている……らしい。
 運動部のマネージャーは、入部する人が多い一方で、途中で辞めちゃうことも多い。うちの学年にも何人かいたはずだ。入学した当初から帰宅部を決め込んでいた私には、そうした忙しさは全くわからないわけだけど。

 ――まぁだから、青木は視野が狭いんだと思うよ。

 さっき片瀬くんが言った言葉が、胸に刺さった。

 ……だって、ほんとうに、わからないんだよ。
 気の向くまま、屋上に向かう。ちょうど一年前、屋上に行ったときもこんな気分だったかなぁと思い出す。とにかく何かに、閉塞していた。陰鬱とした気分で日々を過ごしていた。
 それを、真理先輩と冴島が、変えてくれた。
 誰かと一緒に過ごす楽しさを、教えてくれた……

「だから……でね……」
 真理先輩の話し声が聞こえた。冴島もいるのかなぁと思って立ち止まる。ふと、後ろからも足音が聞こえた。冴島だ。
「久しぶり、冴島」
 クラスではあっていたけれど、屋上であうのは久しぶりだ。厳密には、屋上ではないけれど。
 じゃぁ、真理先輩が屋上で話しているのは、誰なんだろう?
 冴島と二人で、階段を上がる。鍵のかかっていないドアを開けると、真理先輩と、毎日は見ない、けれど見慣れた……制服姿があった。

「高崎、先輩?」

 真理先輩の隣で談笑していたのは、文化祭実行委員会でたびたびまみえた高校生――高崎先輩だった。
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