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明るくなる方法
第2部 第5話
 十月に入ると衣替えと同時に、いよいよ中間試験が目前に迫る。いつものように屋上でお弁当をつまんでいると、真理先輩が思い出したように、訪ねてきた。
「李花が、いま、同じクラスの笹本とつきあってるって、ほんと?」
「えっ」
 思わぬところからの話で、動揺から持っていたペットボトルのお茶を落とす。
「うーん、本当か……」
「いや、違いますよ!」
「でもこの前、一緒に下校しているとこ見たよ? 結構噂になってるみたいだしー」
「三年で話題になるってどんなですか……」
「まぁ、笹本が有名すぎるよね。サッカー部のさわやか少年で、生徒会、成績優秀なんて、少女漫画みたいじゃないー?」
「ですよねー」
 告白されたんですー。とは言い難くて、なんだかよくわかんないままに、ちょっと保留期間中なんですよーって、……いえたらすっきりするような気がする。
「委員会とかで話す回数が増えて、塾も一緒なんで。自然と話題が増えた感じ……ですかね?」
 これが自然なのか不自然なのかわからないが、告白を抜きにしても確かに、関わりが増えた。
「この前の支倉さんだっけ? の時も思ったけど、李花がそうして、話していく人間が増えるのは、すごくいいことだと思うよ」
 なんだか、お母さんみたいだな。
「李花は、……そうして輪の中に入れていく人間が、極端に少ないからね」
「わ?」
「んー、なんだろ。極端な人見知りのような感じかな。自分で近づいてこないからさ、こっちから近づかなくちゃいけないんだけど、見えないバリアーみたいな。あたしはそんなの気にしないで、巻きこんじゃったけどね」
「いけないこと、ですか?」
「悪いことじゃないと思うよ、……だってそれが、李花を守っているんだから」
 どうなんだろうか、余り自覚がなかった。
 ――輪、か。
 それが私を守っていると言われて、なんとなく、落としどころを失った。
「李花とこうしてのんびり食べられるのも、最近少なくなったよね。委員会、忙しい?」
「忙しいです……試験が始まると放課後集まれない分、昼休みにちょっと集まって会議するみたいで。今日が最後かも」
 すでに、明日の昼は恒例の二階会議室で招集がかかっている。支倉さんは部活が重なっているのにと騒いでいたが、はてさて。
「そっか。これから文化祭まで、もっと忙しくなるよ」
「真理先輩、一年の時の文化祭、覚えてます?」
 うちの学校では文化祭が行われるのは隔年なので、前回は真理先輩が一年の時だ。
「いや? ……全く参加しなかったから、全然覚えていない」
 にかっと笑う。だよなーと、想像の範囲。
「冴島も、クラスんほうにちょっとでも参加してよねー?」
 屋上で寝っ転がっている冴島に声をかけるが、応答はない。寝てるのかな。
「起きてるー?」
「寝てんじゃないかな。最近、屋上にきても寝てることが増えたんだよ、冴島」
「家で寝てないんですか?」
「さぁ」
「でもそろそろ始業なんで! 冴島、授業始まるよー」
 冴島が手を振ったのを確認して、真理先輩に断って屋上を出た。手を振るのは、今日はこのまま寝る、と言う合図らしい。
 真理先輩はちょっと時間をおいて……時間ぎりぎりまで屋上にいることが多い。私はこれからちょっと、支倉さんのところに行って、明日の委員会での出欠を確認しに……行かなくちゃいけないんだけど。
「気が重い」
 部活やっていないから、部活の大変さはわかんないでしょって言う、あの独自の理論を出されると面倒でしかない。重要な集まりなら笹本くんにご助力を願うんだが、今回は欠席してもたぶん大丈夫……だと思いたい。
 部活が忙しいことを理由にして、最近は支倉さんは委員会を休みがちだ。笹本くんからも、本人からも、三年が引退して忙しいって言うのは聞いているから、仕方ないのはわかるんだけど。同じ部の笹本くんはちゃんと出席しているからなぁ。
 委員会全体でも、部活より委員会を優先している子は多い。そうしたなかで軋轢生むんじゃないかと思っただけで、正直胃が痛い。
 ただでさえ、序盤に面倒起こした件引きずって、生徒会から厳重注意扱いなのに。
「どーにかなんないかなーもー」
 投げやりな独り言を、つぶやいた。

「あれ、青木さん、もう始業だよ?」
「笹本くん、か」
 予鈴の鳴る中、教室1個はさんだ支倉さんのクラスに向かうところ、笹本くんに目撃された。
「支倉さんに、明日の委員会のこと、伝言。行かないーっていってるから、ちょっと直接問いたださないと」
「一緒に行こうか?」
 今までのパターンで言えば、笹本くんが登場すれば九割参加する。
 なんといっても、同じ部活だから言い訳の七割は通じない。
 とはいえ、そうも頼っていられない。
「さすがに一ヶ月ちょっとしか残ってないのに、この参加意識はまずいでしょ? 時間少ないけど、がつんとちょっと……言ってくる」
 言葉にして、ちょっと落ち込む。あー、言わなきゃいけないんだぁと自覚すると、気持ちが重力に逆らえなくなってくる。笹本くんは心配そうに訪ねたが、本当に、頼ってばかりはいられない。
「まぁ、授業までには戻るよ」
 そう言って、小走りで教室に向かった。

 案の定、と言うか。
「うん、明日も無理。テスト入るまで無理」
 そもそも、テスト始まったらやらないけどね、三日間は。
「そこ、どうにかできない? 一年にもマネージャーの子はいるんでしょ? 委員長の方からも、物品係の出席悪いって言うので、せっつかれてるんだよ?」
 出席を下げているのはあくまで支倉さん個人なのはわかった上で、「物品係」の全体責任にしているのは、二人でどうにかしろと言う暗黙のメッセージと受け取っている。仕事的に、一人でやってもかまわないのだけど、そうして将来的に困るのは全体だ。
 全体を俯瞰する仕事の委員長がどうにかしろと言うのだから、こちらとしては善処するしかない。
「一年はまだ、やること全然わかってない上に、一人だけになっちゃうからそうも行かないんだってば。今までも青木さん一人で何とかなってたし、そのことは委員長もわかってるでしょ? 平気じゃない?」
「そういって、これから何回出席しないつもり?」
 あーもう、言うよ、言うよ、ちょっと疲れているんだ、こっちは!
「いい加減、方々に迷惑かかってることぐらい自覚したらどうなの! そり
ゃ、やってること自体は一人でできる仕事だけど、二人で係になっているのに片方しかやっていない偏重が、そもそもおかしいでしょ! こっちの立場もちょっとは考えなさいよ!」

 ――軽く、キレた。

 理性はあるぞ。
「部活部活って、同じ理由抱えても出席している人はいっぱいいるの! その人たちに申し訳ないとか思わないわけ? そうして欠席繰り返してるのは、きちんと出席している人に対して失礼なの! 実際、自分の立場、どうなの!」
 言って、すっきりする。あー、生徒会選挙の時と似た、スッキリ感だわ。
「以上! 明日は絶対出てよね!」
「出ないわよ!」
「それで気まずくなるの、自分だからね」
 あー、やったよ、売り言葉に、買い言葉。もうどっちが売りだか買いだか。
「あれ、もう終わったの?」
「笹本くん」
 心配して見に来たって顔に書いてあるような笹本くんが、廊下を歩いてきた。
「ちょっと怒鳴ってるかなって感じの声がしたからきたんだけど、解決した?」
 解決なんてほど遠いことはわかって上で、こんなこと言ってるんだろうなって言うのは、雰囲気でわかった。
「決裂した。支倉さんは明日の委員会欠席です」
「そっか」
 始業だって近いから、足早に教室に向かう。
 道中笹本くんが、「青木には本当に、申し訳ないなぁ」とぼやいていたけれど、それは聞かなかったことにして、なにも反応しなかった。実際、これから迷惑かけて謝るのは、こちらになりそうだから。
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