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明るくなる方法
第2部 第2話
「まずは貸出係から、報告をお願いします」
「はい」
 委員長からの指名で席を立ち、貸出目録を読み上げる。AV機器はもちろん、ペンキやマジックといった消耗品も、貸出係の取り扱いになる。貸出と言いながら、物品のほとんどはこちらの管轄だ。暗幕や仕切りと言った大きい物品だけが別の係になる。その係はもちろん、男二人組に決まっている。
 私の他にもう一人、支倉清香さんが、物品係だ。委員は誰もが係につき、夏休み明けから本格的に始動する。
 だいたいは前任者からの引き継ぎノートで事足りる。隔年に一度しかない行事だから、委員の大半は体験したことのない行事なのに、引き継ぎノートの几帳面さで、大きな混乱は今のところ……私たちの係ぐらいだ。
 私が悪い要素もあるけれど、個人的には相方にも注文をつけたい。私が報告している間、座っているのはいいけれど、枝毛発見している場合じゃないだろ
う、君。
 とにかく作業が遅い。物品貸し出し数についての事前アンケートから必要数の買い出し、会計処理まで。会計については期限を平気で破るものだから、告白以降話しかけるのすらためらった笹本くんに、気にする隙間を与えずに迷惑をかけまくる。最終的には二十枚の領収書日付を見なかったことにしてもらうという荒業で。
 母親が銀行員のせいか、お金にびた一文も誤りがあってはいけないと思う私に対してすっごいルーズなのも合わないみたいだ。どうして委員になったのか知りたいくらい。別に先生の推薦でもなかったみたいだし。
 ひとまず物品の購入は終わったが、これから大物の物品貸し出しを担当する委員の子と相互に連絡を取りながら、物品がかぶらないようにしなければいけない。同じクラスの男の子がその係だから、どうにでもフォローはできるけど……正直不安だ。
「次、会計」
 物品の報告をふまえた上での、各係別の今年度予算と前年度決算額が報告される。すでに私たちの係で使うはすでに予算を少し超えた。これから買い足すものがなければいいけれど、二ヶ月前でのこの有様なのはちょっといただけな
い。
 全体で使う金額をオーバーしないよう、私たち物品には規制を、ほかの係には必要以上の歳出をしないように釘をさされる。ちなみに残額一部は委員の打ち上げに使われるので、一円でも多く残せばのちのち自分に還元される。だからみんな、お金には気を遣っているのに。
 うー、胃が、胃がきりきりするぅ。

 つらいつらい委員会を終えたものの、私はまだ学校にいた。
 西日のつらい時間帯。じりじりと夏の名残をたたきつけるような日差しが照りつける。いつもなら塾の自習室にいる時間だが、校門で携帯だけ持ちながら待機。待ち人がバスから降りたのを見て、思わず叫ぶ。
「お母さん、遅い!」
「ごめんね、ぎりぎりで仕事投げてたら質問攻めに遭っちゃって」
 下駄箱から教室まで行けない、と言う母親のために、校門で待っていたのだ。
 本当なら、夏休み前にするはずの三者面談。お母さんの仕事の都合がどうしてもつかなくて、夏休み明けの今日になってしまったのだ。
 普段保護者会にもろくに顔を出さない母だけに、先生も三者面談をなしにはできないと言うことで、調整に調整を重ねての今日。――すでに、二十分遅刻してるんだけど。
「そうそう、悪いんだけど、先生の名前って何だっけ?」
「ああもうっ、国語の浅木先生って言ったでしょ!」
 あれだけ連絡を取っていたのに忘れるって何だ!
 遅れる、と言った連絡を受けてから約一時間、じりじりと待ち続けていただけに、自分がぴりぴりしているのがわかった。あーもう、これから面談なのに!
「そうそう、浅木先生ね。うん、わかった。ね、李花、お化粧崩れてない?」
「崩れてないから平気。そろそろ職員室だよ」
 スリッパで歩きにくそうな母を横目に、早足で校内を突っ切っていく。さすがに校内を歩く生徒の姿はほとんどなく、ちょっと顧問に用があってと言う風体の運動部員がせいぜいだ。
「青木さん?」
 後ろから声をかけられて、振り返る。……笹本くんだ。
 委員会の後すぐに部活に行ったんだろう、体操着が泥にまみれている。そのバイタリティというか、活動量には本当に尊敬のまなざししか生まれない。塾と委員会で精一杯の自分には、無理だ。
「こんにちは」
 笹本くんが、隣のお母さんに挨拶する。うう、これはなにがなんでも会話しないと行けない流れだよなぁ。
「えーっと」
「青木李花の母です。うちの李花がお世話になります」
 お母さん名乗っちゃったー! 頭下げちゃったー! 私別に何も言っていないのに!! 勝手に!!
「あーっと、……クラスメイトで、実は塾も一緒の、笹本一樹くんです」
「はじめまして、笹本です。青木さんにはいつもお世話になっています」
 笹本くんも母と同じく深々と頭を下げる。この如才のなさ、育ちの良さを感じるなぁ。
「あら、お父様はもしかして、笹本税理士事務所の?」
「はい、父をご存じですか?」
「ええ、時々、ざっくり言えば一緒にお仕事をさせていただいています。お父様に雰囲気が似ていらっしゃいますね」
「ありがとうございます」
 ざっくり言えば、なんて言い方がお母さんらしいと言えばらしいんだが、初対面でその言い方は失礼なんじゃないかと娘ながらに思いつつ、そんなところでつながりがあることにびっくりする。銀行員と税理士。……いったいどんなつながりが。
「じゃぁ、これから三者面談だから! 笹本くん、部活がんばってね」
「うん、青木さんも、委員会お疲れさま」
 そういって笹本くんが廊下を歩いて行くのを見ていると、お母さんの方がため息をつきそうだ。
「……同級生の息子さんがいる、とは聞いていたけど、クラスメイトなの? 塾まで一緒なの?」
「たまたまね」
 正直、塾に関しては先日の告白から考えて微妙に偶然でない可能性もあるが、そこは深く考えないことにする。
「まぁ、とりあえず先生待たせてるから、はやく」
 職員室に入って浅木先生を見つけると、すぐに生徒指導室に通される。母と先生が初対面のこともあって、なんかやたら自己紹介が続いた。
「志望校は宮脇学園と伺っていますが、いまのところ、成績としては余り問題はなさそうですね。もっとも、ここに限っては本当に競争率も高いので、いかんとも言い難いのですが」
 受験の話、生活態度、たいした問題もないせいか、すんなりと流れていく。
 そんな話を少しだけ、ちょっと遠いところで起きているような気分で、私は眺めていた。



 夏休み明けて、二週間。十月の中間まで一ヶ月をきったことなんてお構いなしに、委員会は週三回ぐらい開催されるようになった。携帯で連絡できる子ばかりじゃないから、昼休みにいたっては毎日委員の誰かと会って連絡事項の確認をしている。
 アンケート締め切り日のような些細な伝達事項から、係の取り決め、近隣住民からのクレーム――たいていは、準備で遅くなった生徒がうるさいってものだけど――の報告・注意。昼休みの五十分がこんなに短く感じるのは初めてだ。
 時間があれば、放課後に決める議題についてもつめたりする。クレームのような対外的なものは先生が対応しているけど、「できる範囲は生徒で」が、流儀らしい。
 ただ、自分が教室と図書館、屋上以外の場所に毎日通うなんて、思いもしなかった。生徒会室の隣、二階の会議室は、文化祭委員会がほぼ独占している。教室が近くてよかったというか、なんというか。教室から会議室に移動するタイミングが一緒だから、自然、笹本くんとは元通りみたいなものだ。
 気にしない方が無理だけど、そわそわしなくなった感じ。塾も一緒だから、帰り道が一緒になることもある。そこでも文化祭の話題をしているんだから、文化祭中毒だ。二人でそう言って、盛り上がる。
 そんなこんなで、私はすっかり屋上に通わなくなった。昼は委員会、放課後も委員会とそれに塾。追い打ちをかけるように放課後は真理先輩が受験勉強で来られないし、冴島は真理先輩が来ないならって放課後はいないし。昼はいるんだよね、悔しいことに。屋上という場所の、あの雰囲気はきっと維持されていて、ただそこに、私がいないだけ。
 だからなのか、ふとした瞬間、居場所がどこなのかと思う。
 ――そして迷わず、二階会議室と言いそうな自分がいる。

 現実から外れていた私を、ノートが机をトンとたたく音によって引き戻す。はじめるときは二回。終わるときには一回がその合図になる。
 時計を見ると、いつもより十分はオーバーしている。そうかぁ、もう近いしなぁと思うと同時に、近づけば近づくほど、もっと延長することが予想され、ちょっと気分が落ちる。
「それでは、時間も過ぎているので、今日の委員会は終了します。次回、放課後は金曜日。旧幹部も来るので、文化祭までの最終的な日程詰めをします。各係で受付期間などを決めて、この日からは一日たりともズレを許さない日程決めです。特に物品は貸し出しの際に混乱の生じないよう、細心の注意をはらって日取りを決めてください」
 うう、物品係は名指しで厳重注意ですか。すでに会計で混乱をおこしている前科があるから、釘の差し方には容赦がない。私としては隣の子に膝つめて言ってほしいんだけど、それは無理ですよね。
 打ち合わせしないとなぁ……
 物品はいわば、学校全体の買い出し係。注文して送ってもらったり、もともとあるもので代用したりするから、会計との打ち合わせは欠かせない。それもあるし、塾も変わらず一緒だから、最近よく笹本くんと一緒に帰る。一部では噂もたってるけど、文化祭と塾という共通点を誰もが知っているせいか、懸命に否定する必要はない。告白されたことが知れ渡ったら、一気に加速度を増しそうだけど。
 私と笹本くんの距離感は、夏の前後でかわりがないように見えるから。たぶんだれも、気づかないんじゃないかな。
 このまま、応えずに卒業できたらいいのに。
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