サイトトップ『明るくなる方法』目次
次(第17話)前(第15話)
明るくなる方法
第16話
 一晩中悩んで、就寝三時。とてつもなく不機嫌な目覚めの朝に、机の上には一つの本稿。それは草稿をそのまま書き起こしたもの。他に何を書けばいいって言うのよ。
 大人って勝手じゃない? 幻想に理想押し付けて、二代連続女生徒会長とか言っておいて。なるって決定したようなものじゃない。生徒間での評判だって悪くないんだから、今更ならない可能性なんて探すほうが難しい。
 なら。――なら、そのレールに乗る以外に、コドモにはどんな選択があるって言うの?
 むしゃくしゃした気分が収まらない。寝不足もそれに拍車をかける。
 リビングに行くと、お母さんの姿はもうなかった。いたら八つ当たりしてしまいそうで、気分的にありがたかった。身支度をして、ほんのり暖かい朝食に手をつける。半ば強迫観念で完食すると、時間はぎりぎり。
 お皿を洗ってから、かばんの中身を確認すると、本稿の存在が足を重くした。

 ――本当に書きたいこと、いいたいことって、これなのかしら?

 そんなもの、一晩考えてもわからない答えです。



 午前の授業が終わると、昼休み。
 昼休みが終わると、生徒会立候補者による演説会が、授業時間 二時間分の時間をかけて行われる。真理先輩の話によると、去年は平常授業より四十分早く終わったとか。それってほとんど授業一時間分ですが。
 お昼休みの開始から数分と経たないうちに、食欲のない食事を終わらせ、体育館へ少し急いで足を動かした。昼休みだけではリハーサルをやる時間があるはずもなく、順番や立ち位置などの確認だけで終わった。まぁ七割がたは選挙管理委員会のためにあるチェックだし。
 手に持って離さない本稿は、朝、登校してすぐに山本先生に渡した。
 二時間目の先生の授業で返却されて、付箋によくできていますと、短い言葉だけがついていた。――それでいいんだ。自分の立ち位置などの確認が終わって気分が少し落ち着いても、胸の中のもやもやがおさまるわけではなかった。
 こんなときこそ、屋上に行きたい。隣の冴島は心地よさそうにずっと眠っていた。そんなふうになりたい。あの場所にいたらなれるんじゃなかろうか?



 昼休み終了五分前ぐらいから、人が集まり始めた。体育館に並べられたパイプイスに腰をかけて、思い思いの行動をする。人はしゃべり、人は寝る。予定開始時刻から五分ほど経って、あらかたの生徒が入り終わると、選挙管理委員会の方があいさつ。
 変わらぬおしゃべり。変わらぬ睡眠。
 いつもの私なら、聞いているふりをして顔を上げながら、目を開けたまま寝ていただろう。目をあけながら眠れるのは、優等生状況を維持するために出来た健全な特技だ。
 でも私はその思いを改めた。この表しがたき壇上の緊張、聞いてくれなきゃこの動悸はしてるだけ無駄なんのに、報われそうにない気配。誰も聞いてないんだから緊張する理由なんてないだろなんて言われたって、壇上はそれだけで動悸を五割増にさせるスペシャルプレイスなんだよ。
 なら誰かが聞いてほしい……正直なところ命令形で訴えたい。
 第一、才色兼備だからといって、緊張に強い! だとか、本番に強い! わけじゃない。っていうかそうなんだよ。
 傍らに同じように舞台袖に控えているのは、同じ立候補者の人たち。クラスの有名人に、生真面目な若干の例外を備えているものの、あたりの視界が明るい。一部の舞台慣れした雰囲気の方々が、まぶしくて見れないよ私は。
 私を支えるのは面白みに欠けることに関しては自信満々の、演説原稿。だんだんだめになってきたぞー。沈んできた、この沈み具合はちょっと危険。

 本当に書きたいこと、いいたいことってなによ? 思い出してきたら募る苛立ちに、自然と舌を打った。周りに気づかれないように。
 原稿を何度読んでも、頭に入ってこない。先生の笑う声が聞こえる。幻聴め。
 首を振って、何とか原稿へ目線を動かす。私はこの学校の云々。ああだめ、入んない。担任は「できれば原稿読まずに」なんていっていたけれど、もうむり。棒読みだって出来るか危うい。
 体育館の袖から舞台の下をのぞくと、舞台から一番遠い席に、三年生が、各クラス一桁単位もしくはぎりぎり二桁でいすを並べている。推薦で受かった人、少ないんだなー……発表がまだって言うのもあるだろうけど。さすがに知り合いがいないせいか、視線が舞台近くに動く。
 二年生の席を探すと、現生徒会長の姿があった。目立つ人だ。きちんと聞いている、数少ない部類は、顔を上げているからすぐわかる。真理先輩はたぶんアレ、というのの見当がつくだけで、顔は無理。
 やる気のなさだけは分かる拍手が終わって、次の生徒会長候補が呼ばれる。あーもう、みんな同じようなこと話しているけど、ほんとにそれでいいの?
 あー……だめだ。将来の職業に、弁護士や政治家は入れないでおこう。あと裁判官とか芸能人とか。なるわきゃないが、人前でしゃべれないのが決定的に身にしみたぞ。
 無理。

 逃げたい。

「青木さん!」
 同じクラスの会計候補・笹本一樹君が肩をぽんと叩くと、頭が真っ白になった。
「ガチガチ。青木さんでもそうなるんだねぇ」
「……人前に出るのは好きじゃないから……」
 もう、自分の性格疑うくらい、今の頭の中はまーっ白ですから。
「定期テストでは緊張しないのに?」
「テストなんて結局努力と実力の結果なんだから、緊張する理由がない。笹本君よく平気だねぇ」
「サッカーの試合で慣れたかな?」
「なるほど。うらやましい……」
「そうか。んじゃぁ。いってらっしゃい」
 気づくと、拍手。……て、でぇぇえええ!?
 名前呼ばれたらでないわけには行かない。そのためにここにいるも同然。何といっても教師と現生徒会長公認の、生徒会長に一番近い女だよ私は!!
 壇上に立ち、一回お辞儀。最終確認の唯一の注意――マイクの位置には気をつけて、ごっつんこはしないように。
 原稿を広げて一拍。文字が読めない。書いてあるのにどうしてさー。読もうよ自分、読め!

 ――……私がなるべき人間だったからなったのよ。ほかに理由はなくってよ。

 自信満々に言った羽根先輩。私にはそんな自信ない。なるべきだなんて、一度も思ったことない。人の上に立つことだって出来ない。そんな価値、自分の中にあったら私が驚きだ。

 ――本当に書きたいこと、いいたいことって、なに?
前(第15話)次(第17話)

サイトトップ『明るくなる方法』目次>第16話