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第15話
お昼休みが終わって放課後。草稿とすら言えないような原稿を小脇に、職員室のドアを開けて中に入る。質問は授業後すぐにしちゃうから、思えば職員室に入るのはこれで片手が埋まるか埋まらないかぐらいじゃないかなー。
失礼します、と心持頭を下げて。身体を起こして視線をくるくる。
「国語科かなー」
国語担当の担任が、職員室にいない。
各教科ごとにある研究室のほうを浮かべてみる。研究室といっても、職員室に席がない先生用の控え室と化している感じがしなくもない。一応本とかあって、それらしくはあるんだけど。
クラス担任なんだから職員室のほうにいてほしいと思いながら、職員室に一歩一歩、恐る恐る入っていく。ほら、奥のほうにいて、見えないだけかもしれないし。
辺りを見回すたびに若干視線がイタイ? 注目されていのか、私。あのポスターもう嫌だ。
奥へと進む足が止まる。探していたわけでもないのに、視界に入る人。冴島。相手は数学の先生。あ、名取じゃなくて。うちのクラスだけに代理で入った先生。そういえば冴島って保健の先生と仲良いんだよねぇ。あれは親戚だから別格か。
何を熱心に考えているんだ。関係ないって、私には。担任探し、担任探し……と。
「どうしたの?」
「あ、えと、山本先生は……」
「青木さん? 立候補したのよね、がんばって」
習ったことのない先生が後ろから声をかけてきた。やー、立候補……自分から手を挙げた覚えがないのにこうなっちゃうんだよね。自薦じゃないって。クラスの総意による他薦だと、ポスターにきちんと書いておけばよかったのか。
先生も一緒に担任を探してくれた。でもやっぱりいないみたい。
「国語科にいるんじゃないかな? 一緒に行きましょう」
「ありがとうございます」
なぜ一緒に行く必要があるのかを特に考えずに、その後姿を追い掛けようとした。ふと視線が後ろに戻る。
目が合った。――彼、と。
すぐに目線をそらして、なんでそんなことするんだ自分と、心の中でたずねてみる。だってクラスメイトじゃないの? 友達じゃないの?
「青木さん?」
「はいっ」
迷った時間を無視して、職員室を出る。何に迷ったの? 答えが出ている問に悩んだ振りをしながら、廊下を歩く。
「立候補者演説の草案かしら」
隣の先生が声をかける。原稿用紙を持ってたらさすがにわかるか。はい、と答えて、けれどもそのあとは無言になってしまった。そのなかでずっと、考えたくもないのに頭はぐるぐる回る。
「私も担当国語だし、見てあげようか?」
「いえ、担任の先生に……」
「そっかぁ、残念」
答えながら上の空だ。それじゃ失礼だと思いながら、冴島じゃないことを考えてみる。なるべく関係のある――選挙のこと。草案のこと。
国語科の前に到着すると、先生の後ろについていく。回収したワークや漢字の小テストであふれた部屋は、期末前ほどの緊張を感じない、和やかな雰囲気だ。……担任がいないけど。
あああああ、あの先生、どうしていないんだ。放課後にって言ったのどっちだどっち!
「山本先生は早退ですか?」
私にかわって尋ねてくれた先生。窓際のソファに座って一服していたおじいちゃん先生が、そうです、と短く答える。奥さんが産気づいちゃったみたいで、なんてのほほんと言う。そうだったんだ……あの先生家庭のこと全然話さないけど、やることやってるのね。
でも草案は見てもらわなきゃいけないんだよな。迷惑なことに、演説は全学年集めてするもの。そして、全校生徒の前で発表するものに関しては、先生のチェックと許可が必要なのだ。
「あの……」
「せっかくなんだし、見るわよ?」
一度断っておいて、と思ったけれど。そういっていただけると、と草案を出す。座った席の隅に張ってあるシールには、『浅木』と書いてあった。国語の、浅木先生。
先生が草案を見ている間、辺りをきょろきょろと見回す。
整列した先生の机の後ろには、本がぎっしり詰まった本棚。教科書ワークなどの授業的なものから、文学全集まで。そんなに習わないのに、古典まであるし。
「……青木さん?」
「はいっ」
読み終わったようで、草稿から視線を上げていた。いすに座りなおして姿勢を正す。
「流れ的にはいい形の、きちんとした『草稿』ね。これから書き込むことが多いと思うけど、あくまでこの草稿の方向性や筋を見失わずにいれば、いいものが書けると思うわ」
「ありがとうございます」
目の前で寸評されるのは初めてだ。たいていは提出して一週間後ぐらいに、帰ってきたコメントを読む。
その場で言われるのはなんだか、恥ずかしいやら、嬉しいやら。ほめ方が上手いんだなぁ、きっと。
「ただ……」
ああ、これからが本番ですか?
手を強く握って、浮上した気分を一気に冷やした。
「本当に書きたいこと、いいたいことって、これなのかしら?」
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