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明るくなる方法
第2話
 廊下を使わずに非常階段をのぼっていく、私と変な女の人。いや、制服着てるから生徒だし、顔見たことがないから先輩だろうって言うのはわかるんだけど。本当なら足元の上履きで分かるんだけど、……黒い上履きなんて、どの学年でもないよ……
 女の人はなぜか屋上の鍵を持っていて、制服の胸ポケットからそれを出し、ドアを開ける。あとについて屋上に出ると、そこにあったのは、先ほどの曇天からうってかわって、澄んだ青空だった。そういえば、屋上に来るのは初めて。立ち入り禁止だし。……あぁ、校則違反……
「気持ちイイだろー?」
 無邪気に微笑む。うーん、邪気がはらわれていく気がするなぁ。言葉遣いには邪気があるから、そこを気にしなければ、の話になるけど。素直に答えると、笑みが三割増。
 そろそろ腕が疲れ始めて、本をどこに置こうか迷っていると、先輩が屋上のさらに上、貯水タンクをさした。先輩が持っていた本は床にばらばらと落とされ、本がかわいそうだと思ってしまう。
「屋上まできたんなら、ここ来ないと損するからなー!」
 とっととのぼっていく先輩を見て、どうしようかと右往左往してしまう私。屋上は普段立ち入り禁止ですよ? なんか今回先輩の鍵で入れちゃいましたけど、普通は鍵がかかっているはずで? 校則でもうるさく言われていたはずで? ……優等生、ここにいていいですか。さらに言うと優等生、そろそろ始業です!
 でもやっぱり知的好奇心。
 ……どうしよう。行くべきか、行かざるべきか。
「真理、お前うちの優等生なにさらっているんだよ」
 聞いたことがあるような、ないような声だ。男の子。私のこと、優等生って言ったよね? いやみっぽい言い方だなー……
 ……ちょっとまって。
「まりって、まさか」
「おまえ、そんなことも知らなかったのかよ」
 私の中で変な歯車が合致し始める。また男の子が言う。今度は、貯水タンクから少しからだを乗り出していた。逆光で顔はよく見えないけれど。”まり”と同じ茶色の髪。
「なんでまた、お前と優等生が?」
 体を乗り出したまま、その後ろにいるだろう”真理”に問いかける。親しげな口調。
「図書館で本を大量に借りさせられて、ちょっとなーと思ってたところに偶然居合わせた、善良な一般……」
「イノウエマリ!!」
 停学処分者がどうしてここにいるんですか!?
「あたしの顔知らねぇやつっているんだなーと思ったけど、本気だったんだ」
「こらこら、優等生にこれ以上かまうな。――オイ優等生、誤解される事態になる前に、こっから出て行ったほうがいいぞ」
「言われなくても!」
 さっきまでの好奇心はすっかりなくなって、私はきびすを返した。でも、どこから帰ればいいのか正直分からない。のぼってきた非常階段からだと、予鈴なったんだから遅刻に決まってる。となると、校舎側の階段を……
「ごめんなさい、ここから出るのであとでかぎ閉めてください」
「はいよー」
 女が答える。笑い声が聞こえる。くそう。笑い声に若干の苛立ちを加えられながら、鍵を開ける。

 イノウエ、マリ。

 停学処分受けたくせに学校にいて。図書館で借りたのは医学大全と六法全書と不良改心系の小説。わけわかんない。
 でも確実に、興味を抱いていたことに、変わりはなかった。



 放課後になれば、やっぱり図書室。塾がなくても、放課後には図書室で本を読む。蔵書数は立派なものなのだ。私自身、ジャンルは雑食で、なんでも読むから数があればあるほど、時間つぶしにはちょうどいい。
 学校の図書館であり、市立図書館分館(もどき)でもあるから、なんだかんだ言っても、ベストセラーのうちの何冊かは入る。ほら、最近図書館のベストセラー大量購入で、版権とかの問題になっているでしょう? 学校の図書館って言う側面が、うちの図書館では反発から助けているみたい。学生金なしってね。あ、どうしても読みたい本は買っちゃうんだけどね、私は。
 平日の昼は一般の人も少ないし、学校の生徒も放課後は大概クラブか家に直帰。もしくはクラスルームでクラスメイトと雑談。私は図書室で、一人静かに読書。今日は、社会科の宿題で出た調べものだけど。
 なんてすてきなの……のはず。なんだけど、さ。
 ――ねぇ、だからなんであなたがそこにいるの。
「んー、興味持ったから」
 図書館にいる学生としては、およそそぐわない茶髪と長いスカートの眉なしという格好で、けれど読んでいるのは平家物語。だからなんで停学中のあなたがここにいるんですか。ばれたらやばくないんですか? ちなみに私はこんなところであなたと二ショットになっているのはイヤーなうわさが立ちそうで、全身で拒絶したいですよ。
 司書の先生、お願いだから変な目で見つめるなら優等生を不良の間の手から助けてください。
「おもしろいねぇ。妹にほしいな、こういう二十面相」
「……図書室ではお静かに」
「あ、ちなみにね? 停学処分になるのは明日からで、きょうはま・だ。事件起こしたのは昨日で、でも裏でイロイロあったから、そんな時間差があるんだけどね」
 昼間とは口調が一転して、なんだかちょっと柔らかい感じ。顔を改めてじっと見つめると、眉がないけど、ちょっと服装変えればお嬢様でいけるヒト? じゃなかろうか。奥二重で、影ができそうな睫毛。肌はニキビのひとつもなくて、鼻筋も……それなりの格好をすれば、違和感なく決まるに違いない。でも容姿と素行は関係ない。
「話しかけないでください。変なうわさ立てられたら、困ります」
「なんだか、上司に不倫を迫られている新入女子社員みたいなセリフね」
 いやいっそもう、シチュエーション設定はそんな感じでいいです。女子社員はたとえどんな権力をちらつかせられても……いや、そうなったら断れないけど。いやいや、社員じゃないんだから私は……。
 そう、大事なことはただひとつ。
 私はNOと言える日本人!
「私は、変なうわさを立てられたくもないし。優等生で今まで来た、それをずっと通すつもりでいます。あなたみたいなヒトが半径一M以内にいると、誤解されるのでじゃまです」
 調べるのに使っていた百科事典を、机の間に立てる。面食らった様子で、けれども笑みを浮かべるようなこの人は、なんだか癪に触った。私が余裕ないみたいじゃない。私がだだこねているみたいじゃない。
「不便ね……」
 ため息交じりで、気遣っているように、同情しているかのように。その声色が示すものを、私は知っている。いつも聞いていた。前置詞には、片親がいないから云々。
 いろいろなことの交じり合った苛立ちを隠せずに、いすを荒々しくはじいて立つ。大きな音にイノウエマリは驚かず、司書の先生が目を丸くした。顔が赤くなっていくのを感じて、かばんを抱えて、図書室を一目散に出口を目指す。
 家に帰っても、鼓動が落ち着かなかった。なんなのなんなの、なんなの。
 むしゃくしゃして、無性に腹が立つ。着替えもせずに机に向かって、レターセットを開く。心を落ち着かせる常套手段。ペン先を紙の上において、一呼吸。一行書いて、ペンは止まった。進まない。


 前略、須王楓様。


 何もかも頭にきた。着替えとか洗濯物とか夕飯とかお風呂とか、全部無視。ベッドにもぐりこんだ。
 静寂しかとりえのない家で、別のことに思いを馳せれば、それですぐに涙が出た。これは悲しくってないているんだ。あえないのが寂しい。あいたいよ。
 べつに、悔し涙なんかじゃない。
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