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「リリア、起きれるか?」
昨日と同じようにアルタルフではなく、セイがリリアを起こしに来た。アルタルフが遠慮したのか、セイが雑務で忙しいのを押してきたのかはわからないが、リリアには少し、ありがたかった。
――空元気は、いっそう辛くなるだけだぞ、リリア
空元気じゃないとは言えなくて、辛くないとも断言できなくて。
「昨日はあれから熱がぐんぐんあがっていったからな。体調は?」
言われてみると、着ていた服はしっとりと汗ばんでいて、身体も少し重い。潮風に当たりすぎて身体を冷やしたか、のどを痛めたかだろうというセイの言葉を、ぼーっとした頭できく。
たぶんどちらかというと後者で、ひりひりとするようなのどの痛みで、話すのが億劫だ。
こちらの返答を気にせず、一方的にしゃべり続けるセイは、なんだかいつもと違う。けれども見てみると表情は穏やかで、ナンチョウに行くよりも前のような表情だ。サイガにいた頃、セイはいつもリリアに優しくて、厳しいのはククーの役割だった。いつもこんな風に、穏やかな笑みを浮かべてリリアに話しかけてきた。
思い返せば、こんな風に寝込むのは、幼い頃以来だ。ククーがこんなことを知ったら、あれこれうるさそうだなと、くどくどと文句をたれる姿を思い浮かべた。
「ククー、どうしているかな……」
「すでに、サイガに到着しているだろう。アズナについたら鳥でも放って、手紙でも何でも出せばいい。いまは休め」
「うん。船は? セイ、いろいろ指示出したりしなくていいの?」
「今は大丈夫だ。もう少ししたら出て行く」
「……変なの」
自分も退行したみたいだと、リリアは内心笑った。なんだか、夢の中みたいだ。ふわふわする。本当は服を寝間着に替えたいなと思うけれど、そんなことがだんだんどうでも良くなっていく。それよりも、この夢心地のまま、もう一度眠りにつきたい。
「ねぇセイ、ぶっきらぼうなしゃべり方、アルタルフみたい」
十も数えないうちに、それからすぐ眠りに落ちた。
「だと」
「……バレたんじゃないのか?」
リリアの部屋から出てきたアルタルフは、船員に指示を出しているセイの肩をたたいた。周りにいる船員はなにも起きていないように与えられた指示を全うしている。セイが二人いるように見えるのは、セイとリリアだけだ。
――アルタルフの歌の力によって。
「歌、といっても、俺の歌の場合は一種のまやかしだからな。顔も含めた姿かたちをかえるとはいうが、内実は相手にそう見えるようにまじないをかけるようなものだ。俺自身に変化はない」
セイは二言三言旋律に乗せて歌い、手をパンと叩いた。至近距離から見ていた自分の顔が、もとの……アルタルフの顔になる。まじないというより、たちの悪い魔法のようだとセイは思った。
「俺の美しの歌は、六種類ある歌の亜種のようなものだ。異なる歌や全く歌えない人間との間にできた子供は、母親の性質を受け継ぐ。だが稀に、混合したような歌や、まったく別の歌をうたう奴が登場する。もしくは、まったく歌をうたえない子供が生まれる場合もある」
セイが歌えないのは、母親が歌えない人間だからだ。それ自体は当たり前の事実とされているが、両親ともに歌えるのに、歌えない人間が生まれるのは初耳だった。
「混血の存在自体が禁忌とされている。だからめったにいない。混血は生まれればすぐ、シトウの長が集まって処遇を決める。俺はサイガに引き取られたし、……」
アルタルフが口をつぐんだ。だがセイは首をかしげただけで、それ以上は追求しない。アルタルフは胸を降ろして、話を元に戻した。
「亜種のせいか、歌として不完全な感じがあるのは否めない。一度でも歌を聴いたことのある人間にしかきかないから、何とかリリアにはきいたが。船員に歌を披露する気はない。それに本人になりきれるほどの演技力もないから、話し方だとかはどうにもならん」
「不便だな」
セイがため息をもらす。
「もっとも、たいていの歌はそんなものだ。人の心を高揚させるなりしてあやつってみるが、弱点は必ずある。つまるところ、存在する意味はない」
「でもその歌を、歌える人間と歌えない人間がいる。ただ言葉に旋律を加えるだけの行為が、俺たちにはえらく辛い、ひどくし難い行為に感じる。だから、うたえない。そんな俺からしたら、歌えるお前やリリアは、意味がある人間のように感じる」
「そうだろうか」
アルタルフには、セイのように歌えない人間の方が正常に感じられる。何も力を持たない人間が普通だし、そういう人間の方が歌に頼らない、「自力」に対して執着や強さをもっている。事実、アルタルフは歌によってこの場を支配できるが、セイはそれを自身に対する信頼や尊敬でもって勝ち得たのだ。
どちらが本来あるべき姿なのか――ゆがんでいるアルタルフにとって、答えは明らかだ。
もっとも、思っていることすべてを伝える気は毛頭ない。
「そうだな、なぜ世界に少数の歌える人間と、多数の歌えない人間がいるのか……なにか、理由があるのかも知れない」
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