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うた秘め
第2章 旅人のこどく 7
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 朝食を済まると、リリアとアルタルフは一緒にナンチョウの長の待つテントに向かった。セイとククーは同伴すると主張したが、ナンチョウの長がそれを断った。
 島の中心にも等しいところにあるこじんまりとしたテント。島のほとんどが森で覆われているナンチョウにとっては最奥に等しい場所だ。あたりには他のテントどころか、人影すら見当たらない。門番にあたる人物さえいないのだから、警戒心がないのか否か。
「入るぞ」
 アルタルフがぞんざいに言い放ち、その中に入り込む。リリアも続いて一言断って、入っていった。こじんまりとした外観にふさわしく、人が三人もいれば手狭に感じられる広さ。大の大人が二人、横になるのがせいぜいだ。
 仮にも屋内であるのに、先ほどあった時と変わらず、目の部分以外のほとんどを布で覆っている。サイガでも、貴人が外出の際にベールをかぶる習慣はあるが、ベールとは違って、頭に布を巻きつけている風だ。
 髪の毛一本も見えず、身体の輪郭も見えない。肩幅はそこそこあるように見えるから、男性だろうか。
「どうぞ。座ってください」
 緊張した面持ちのリリアと違って、アルタルフのほうは憮然とした、どこか横柄さも隠れているような態度だ。昨晩のセイとの会話を思い出せばアルタルフはサイガ領主の血筋なのだから、そうした態度が許される立場でもある。……のだろうか。
 リリアは政治的な話にはさすがにうとい。こればかりは首をかしげるしかなかった。
 なぜナンチョウの長が、リリアに対しても久しぶりと言ったのかも。
「アルタルフの体は相変わらずのようですね。解決の糸口は見出せたんですか?」
「これがな」
 そういって、アルタルフはリリアを指した。朝食の前に交わしたばかりの会話を思い出すと苦いが、そんな顔をしても、横に座るアルタルフは気づかないだろう。アルタルフを見るのをやめて領主の様子をじっと見ると、居住まいを崩した。
「見つけちゃいましたか」
 おどけた言葉遣いに、シトウの一つ、ナンチョウの長らしい威厳などはあまり感じられない。肩透かしを食らったような気分のリリアに、長は一瞬、眼光鋭くリリアを見つめた。リリアは気づかない。
「あとは原詩だけだ」
「そうですか。亡びの民でも、一部の成人したものしか知らないといいますからね……亡びと活きには決まった土地にとどまらない。探すのも大変でしょう」
「どうにかする」
「相変わらずですねェ。ところで、気になっていたのですが……ソレ、リリアさんのものですか?」
「いえ、もらい物です」
「見せてもらっても?」
 いぶかしみながらも、相手はナンチョウの長だ。自分ではなぜ自分のものなのか、由来のわからないこの品の意味がわかるかもと期待して、外して渡す。
 検分している間の沈黙はなんとも言いがたいが、すぐにめぼしがついたらしい。腕輪の外側の装飾よりも、内側に刻まれた文字を入念になぞる。思わずリリアも身を乗り出すようにして、その様子を固唾を呑んで見守る。
「どうでしょうか」
「どうもなにも、これがどんなものか?」
「全く」
「ですよねぇ。でなきゃ、他人には見せびらかせない」
 服で指紋をふき取り、リリアに返した。扱い方もぞんざいにはされなかったことが、リリアの心を落ち着かせた。
「それは、あなたのものではない。もっと別の、誰かのものです」
「でもこれは、私が持っていたと……」
「ではその人物は、死んでいる」
 あまりにも率直な物言いに、リリアはひるんだ。
「――少し、亡びの民の話をしましょうか。アルタルフはあなたに、さほど話しをしていないようだ。彼にとってそれでよくても、あなたにとってはそれではフェアではない」
 長がそういうと、アルタルフは立ち上がった。聞く気はないと言い残して、テントから出て行った。
「まったく、年老いているはずなのに、子供っぽいところがありますねぇ」
 そういえば、と、長が話を変えた。
「私の名前はナグルといいます。ナグル・ナンチョウ。職業はこの島を治めること……といっても、住民は百にも満たない、森ばかりが広く広がる、小さな島ですが」
 そういって言葉を切る。
「では、本題に入りましょうか」
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