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そのまま、寝入ってしまったらしかった。目を覚ますとあたりには何も見えない。上を見上げても星が見えないあたり、ここはどこかの室内なのだろう。少し手を動かすと、布のはっきりした感触がある。どこかに境目はないかと手探りで動くと、かけていた毛布が落ちた。
足の感触で毛布を拾い上げ、肩からかける。見つけた出入り口から顔だけのぞくと、どこかで焚き火をしている、その光を感じた。
頬に当たる風は生ぬるい。ここが、南だからなのか――リリアは息を吐いてもまったく白くならないことに感嘆して、面白くなって何度もはいてみた。
ぱちぱちと木の焼けているおとがした。セイ達は船で来たのだから、今頃もう船に乗っていると思ったのだが、どうやら違うらしい。夜目が聞くようになると、あたりにもリリアが居るような布張りの簡素な三角形の住居が見える。
奥には円形のものもあり、むしろ奥にはそちらのほうが多そうだ。
入り口をそれなりに開けたまま室内を見ると、一人が寝るには十分な広さしかないけれども、木が一本だけで支えているとは思えない頑丈さがある。実際に、うちと外に何本かのひもが木から張られているのだが、夜目で見える範囲には限界がある。
「……お前に聞きたいことがあった」
セイの声だ。どこからかはわからないが、一緒に足元で草を踏む音が聞こえる。夜のしじまが、目がよく見えないことも手伝って、敏感に耳へ音を届けてくれるようだ。
「何をだ?」
対するのは、アルタルフのようだ。セイが居るならククーも居るはずだが、足音はセイのものしか感じられない。
「父から聞いた――お前が、サイガに災厄をもたらした者だと。それは本当か?」
「父の発言をお前が信じるなら、本当だな」
「あのなぁ!」
「……ホロロークは、何と言った?」
ホロロークと言って、リリアには一瞬誰だかわからなかったが、すぐにセイの父・サイガ領主だと思い至る。アルタルフは領主を呼び捨てにしていいのか?
「お前が『活き』の施しを受けているから、サイガは災厄を――次世代が生まれない呪いがかけられていると言っていた」
「おまえは、どう思う?」
「わからない。だから聞いてみた」
セイの率直な応え方は、昔から一切の曇りもない。それが少しうれしくて、リリアは暗闇のなか、笑みをこぼした。一方で、アルタルフの話も気になって仕方がない。
サイガでは子供がなかなか生まれない。それは以前から聞いていたし、だから〈娼館〉があるのだと聞いたこともある。それ以前に〈娼館〉があったのかは聞いたことはなかったが、きっとなかったのだろうと思っている。
「ホロロークの息子は、なかなか純真だ」
嘲笑うような言い方。それはリリアの逆鱗にも触れかけたが、セイは確実に逆上した。
「父上を、そう呼び捨てにするなっ」
草が、木が、激しい音を立てた。鈍い音も聞こえる。風が瞬間、なった。
「お前は、何者なんだ? アルタルフ。活きの施し、サイガの呪い。それに因果があるなら、教えてくれ」
「父が教えたんじゃないのか?」
「お前の口から聞きたい」
「……年上にはもう少し敬意のこもった言い方をしたまえ」
おどけるように言って、一呼吸おいた。
リリアは、息をするのさえ忘れて、耳を傾けていた。入り口を完全に閉めると聞こえないので、間を少し空けて、耳をそばだてて。
「俺は活きの歌を、原詩で歌った。そうしたら、老いもしない、めったなことでは病気にならない、死にもしない、そんな体を得た」
「歌か」
セイははき捨てるように言った。苦々しげに。
「だが歌は、血筋がなければ歌っても効力も何もないはずだ。原詩にしたって……」
「俺は、歌を歌える」
リリアは知っている。顔を変えた、あの歌だ。
「美しの歌と言う。活きる喜びを、讃える歌だ」
「まさか……」
「俺のなかには、活きの民と喜びの民――サイガ領主血統が半分ずつ流れている」
「じゃぁお前は」
心拍数が上がっている。
「お前の血統だな。血縁関係で言えば、大伯父にあたるな。さして古くはなくない?」
「だからか。だから、サイガの島に災厄がかかるのか!」
率直に投げられた怒りに、アルタルフは目を伏せた。――少なくともリリアはそう感じた。
「だから、――俺は死にたいんだ」
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