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うた秘め
第2章 旅人のこどく 2
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 自分の気持ちを言葉にするのはいつものことなのに、こんなにも薄っぺらく感じるのは初めてだった。できる。大丈夫。心のなかでつぶやいているだけでも感じるのだから、声に出したらさぞかし薄っぺらさが際立つのだろう。
 ……いやだ、こんなの。
 なにもかも、生まれたばかりの子供みたいな自分が嫌になる。どこまでが海なのか、どこからが空なのかわからない景色に、波の音が聞こえる。人の声なんて微塵も聞こえてこない島にいぶかしむ。本当に人が住んでいるのだろうか?
 ふと背筋が凍る。ここには今、自分とアルタルフの二人しかいないのではないだろうか? この島に本当に、人が居るのだろうか?
 今まで感じたことがない。名前を呼ぼうとして、ためらいを覚える。――本当に、彼の名前を呼んでもいいのだろうか?
 疑心が満ち始めたところで、辺りを見回した。今までよりも入念に。何も見逃さないように。沖にふと船舶の影が見える。船首の向きからして、こちらに向かっているに違いない。人の気配に一つため息を漏らして、大きく息を吸う。
「アルタルフ!」
 彼も気づいていたようだ。ゆっくりとした足取りではあったがリリアに近づいて、手を差し出した。
「反省したか?」
 その笑顔があまりにもさわやかで、今まで感じたすべての感情が跳ね返って、アルタルフへの嫌悪感になる。なんなんだこの男は。
「――反省はしてない。でも、私が正解だとは思ってない」
 その場で出せた、精一杯だ。握った手が強く握り返され、リリアは不覚にも胸がなった。
「なら十分だ」
 もっとも、まだ薄っぺらいなぁと思いながら、アルタルフの手を借りて絨毯から立つ。手を放して服についた砂を払い、海のほうへと顔をめぐらす。
 リリアたちが島に到着した頃に比べ、風もだいぶ落ち着いている。さらに逆風だから、あの船が着くのはいつごろになるのだろうか。
「そういえばなんで、この島に船ってよらないの?」
 サイガには一日に十数隻は来た。特に昼ごろは活発に船が行き来していたのに、さほど距離の離れていないナンチョウがこんなに寂れているとは思わなかった。市場は毎日開いていないし、領主の館だってすぐ見えない。人気すらないなんて、身近になかった恐怖だ。
「ああ、位置的な理由もあるし、今はホクダが冬に入った頃だからな……」
「ホクダ?」
「北のホクダ。ホクダはシトウのなかで一番広く、大陸も近い。自然と交易において重要な位置を占めるんだが、冬の一時期には海が凍る。その上信仰的にな」
 アルタルフがリリアのほうをちらりと見て、何か悩んでいるようだ。
「何かあるの?」
「祈り月と言う慣習がホクダにはあるんだ。長い冬のうち、海が凍ってから一ヶ月ぐらい、ひたすら毎日祈り続ける」
「えっ、毎日!?」
 それでいったいどうなるって言うんだろう……疑問がよぎるのと、それが口にあがるのは同時だった。
「何か起こるってワケじゃない。ただそれよりも、最近は家族団らんの時間としての性格を重視される傾向にあるな」
「なるほど」
 一ヶ月、島を挙げての家族サービス期間か。といっても、リリア自身に明確な家族がいないので、それがどれほど幸せなのかも、それがどれほど楽しいかもわからない。どれだけ大切なのかも、同様に。
「……行ってみたいな」
 家族団らんを一月もするの島。
「いずれ、な。もっとも、今、問題なのはここから出ることだが――それはあの船が解決してくれそうだ」
 アルタルフが目を細めた先には、先ほどリリアが見つけた船がある。風が凪いでいるから船はなかなか着かないだろうと思っていたのに、驚くほど距離をすすめていた。
「あれにのって、行くの?」
 距離が縮まるほどに、その船舶が大きさを訴え始めた。それに人夫がこいでいる姿もちらほらと見え始め、そんじょそこらの商船でないことは一目瞭然だ。あんな船、サイガのどこにあったのか……
 ついさっきまでいた、サイガの港の様子を思い出しながら考えてみるが、なかなか思い出せない。あれほど大きいなら、きっと記憶にもありそうなものだが。自分がいない間に到着し、出港した船だろうか。
 考えをめぐらすリリアの様子に、アルタルフはぽつりと、気づいていないのかとつぶやいた。
「考えればわかろうに」
 まだまだだとぞんざいに言われ、すこしだけ腹を立てる。ヒントだと言われて、その言葉に耳を傾ける。
「あの船にのれれば良いけどな、お前が」
「……へ?」


 その理由は、それからまもなくして判明することになる。
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