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うた秘め
第1章 浮浪のたびびと 10
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 リリアがいろいろな鈴を鳴らして部屋に入ると、アルタルフが満足げな笑みを浮かべていた。セイも続いて部屋に入り、さらにその後ろからククーと続く。セイを追いかけていたのだろう、いつの間にか。
 肩で息をしているリリアが、整えることもそこそこに、口火を切る。
「アルタルフ、歌ってなに?」
 アルタルフが、笑みどころか、乾いた笑い声を上げる。遠くでは、それとは違う、領主の歌声の作る笑いが続いていた。
 薄暗い部屋。ちりちりと鳴る鈴。低い男性の歌声。笑い声。息の音。
 彼の笑い声。
「教えて」
 整った息の中で言う。異様なほど、部屋に響いた気がする。
「歌ってなに? 今まで歌うなといわれてきた意味は? あなたが歌えといった、その真意は? ――この島で歌をうたうのが、私と領主様だけなのはなぜ?」
「リリア、きくな!」
 セイが叫ぶよりも早く、ククーが叫ぶ。
「今のお前が聞くべきものじゃない、知らなくていいんだ!」
「私は知りたい!」
 この気持ちをなんと言っていいんだろう。憤慨。感動。怒り。安堵。今まで隠された答えが目の前にある、根拠のない実感。
 言葉よりも涙が頬を伝うほうが先だ。
「いままで教えてこられなかったもの全部、ホントは私は知りたかった。チョウが教えてくれた外のこと。ほかにもいっぱい。セイもククーも女将も、姐さんもみんな、教えてほしいことはみんな隠した。私を守るため? ならどうして、」
 常に住んでいるこの鈴の部屋は、何かあれば糸を引っ張ればいい。そうすれば誰かが助けてくれる仕組みだ。――けれども。
 昼間を思い出す。アルタルフの一方的な要求に、体がすくんだ。それしかできないからだ。今まで守られるだけだったから。
「だれも、私が私を守るための術を、教えてくれなかった……?」
 ククーとセイが押し黙る。ぴたりと笑みを止めたアルタルフが、刺さるほどにリリアを見つめた。
「覚悟はいいのか?」
 ――微笑を、浮かべながら。
「知ることはつまり、いままで自分を守ってくれた壁を知ることだ。壁を知れば、壊すこともできる。壁を守り続けることもできる。――どちらかを、選択しなければならない。それでも?」

 涙をぬぐう。胸を張る。顔も上げて。
 言葉の意味するところは、具体的に何なのかわからない。
 ただ、意図はわかる。

「一度知ったら、知らないふりはしない」
「ならいい」
 すこしだけ、アルタルフが優しく見える。歓喜の表情にも見える。長い服の袖をめくって、その頑丈な男らしい、筋肉とその傍らを流れる血脈があふれた腕だ。
「ここに向かって、歌え」
「ここ?」
 腕だ。何の変哲もない、腕。
「ここに、だ。ここだけだ」
 リリアは言われたように、そのうでだけをじっと見つめて、精神を集中させる。少し息を吸って、胸を広げる。いわれたとおり腕に、心持ち小さな声で歌う。
 横目でまわりをうかがうと、セイもククーもいやそうな表情だ。歌ってよかったのかなと、洗脳された心が動く。すこしだけ。
 頭を振って腕に集中する。歌に集中する。しばらくすると徐々に腕が、比べるまでもなく衰えていた。
 目に見えてうでの太さが変わり、筋肉が削げ、骨の角ばったところが見え始める。その様子に思わず反射的に歌を止めると、うではみるみるうちに戻り、もとの若々しさを取り戻していた。
 目の前で変化があったとは思えなかったが、もう一度歌う気にもなれない。
「うたの、せい?」
「そうだ。お前の歌には力がある。人の生命を奪う力――亡びの力が」
「それをいうなら、お前もだろう」
 セイが口を挟んだ。
「お前のその腕、本来ならば奪われた力は回復しないはずだ」
「そうなの……?」
 首肯。
「口ずさんでいても、歌に対してまったく耐性のない人間はそこそこに影響が出る。娼館の女は、そこの坊ちゃんの親父のおかげで耐性がある。俺自身は、亡びとは反対の活きる力が宿っている。普通の人間なら、こうはならない」
 ククーとセイも、娼館の女と一緒なのだろう。領主の歌を聞いているから、耐性がある。でも。
「領主様の歌ではこうならない……」
 〈滅んだ〉腕を思い出せば、それが歌ってはいけない理由だったとうなずける。けれども領主の歌にこんな効果はなかったはずだ。
「歌にも種類がある。お前の歌の持つ亡び、俺の体に宿る活き、領主の持っているのは喜びだ。他にも癒し、悲し、奮い……大きく分類すれば、な」
 首をかしげる。大きく?
「個々人によって違いが大きい。一番の素因は、血統だ。歌を歌えるか否かは、その血筋によって決まる」

 血筋……?

 その言葉で一気に、符号ができる。
「じゃぁ、領主の血統に疑いがあるのがいけないっていうのは、うたのため?」
「そうだ」
「私が歌を歌えるのは、私の両親が……?」
「そうだな」
「じゃぁ、このうたを頼りに、探せるの……?」
「現在も生きているかは別だが、可能性もあてもゼロじゃない」
「……!!」
 セイとククーのほうに振り返ると、二人の表情は複雑だ。
 リリアは自分の表情がそうさせている、確信がある。――たぶん今までで一番。
「セイ、ククー、私は決めたよ」
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