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小さかった私は、たった一人残された部屋で震えているしかなかった。
遠くで、誰かが歌うのを、聞いていた。楽しげな声が、長い通路を通ってここまで伝わる。宴席の設けられた広間は遠いと聞いたのに。つぶやきながら、膝に頭を抱え込んで、震えていた。
うたをきいても、ちっとも楽しい気分になんかならない。
「どうしたんだい?」
一人部屋に取り残された私を、女将が心配して見に来た。初めての領主の来訪で、周りはたった一人のために激変し、主もその息子もいなくなって、わけがわからなかった。私は女将の胸にしがみついて泣いた。
涙で震え、震えで泣いていた。なにをしているのかわからない間隔が次第に収まると、女将は唐突に、鈴の部屋の意味を話した。
「この部屋に住むのは、ただ一人の女だけなんだよ」
そのときの私が理解するかしないかは、女将にとって重要ではなかった気がする。実際その話はそれ以降も何度かされたし、各鈴の意味と鳴らす回数などを教え込まれたのは、だいぶあと――部屋の主が、ハマ姐さんに代わった頃――だった。
「この島にいる領主の、ここはある意味の後宮だ。領主に選ばれた娼婦は、他に一切、客をとってはいけない。――ただ娼婦の手前、客はとらなきゃなんない。ワケありで娼館を宿屋代わりに使うような客の相手さ。ただいつなにがあるかわからないからね、はりめぐらされた鈴で、いざと言うとき、危険を知らせる」
ほんのすこし日の光が足りないだけで見えない糸は、部屋の随所に張り巡らされている。すべては女将の部屋に通じ、返事にはすぐさま対応する。
すべては、領主のため。領主の疑いなき血統の保持のため。
――すべては、サイガ、その先にあるシトウのため。
「リリア、あんたにその役目が来るかはわからないよ? ただ、今のあんたは、部屋に主が戻った時、笑顔で出迎える義務がある。この島を背負った主を、笑顔でね」
思い出すと、このころ疑問に思うべきだったことがある。
――どうして、領主の血統を守らなければならないの?
そのすべて、アルタルフは、知っている気がしている。
確信にほぼ近い感覚で。
アルタルフがどんな人物か尋ねられれば、答えがたい。ある日突然、鈴の部屋に転がり込んだ浮浪の旅人だ。でもなぜか彼が、すべての鍵を握っていると思う。感じている。そんな自分が、自分の中にいる。
それでなければ、呼びはしない。
「アルタルフ!」
目指すのだ。後ろを振り返ることなく。
一目散に、鈴の部屋を。
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