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うた秘め
第7話
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「で、穂波様はどうなったの?」
「どう、とは?」
「だって、話がそこで終わったらつまらないもの! こう、劇的な……なんかないの?!」
「なんか、といわれましてもなぁ。それにほら、酒もなくなってしまいました」
 空になった酒を振り、水音がしないことを示す。赤羅は名の通り赤ら顔になって、こうなると口元がしどろもどろになって話がおぼつかなくなってしまうことを、少女は体感していた。
「もうっ……! 明日は無理だから、明明後日ぐらいにはまた来るわ! そのときには、きちんと続きを聞かせるのよ!」
「続き、といわれましても」
「いーい? ちゃあーんと、用意するのよ?」
「はてさて、記憶がおぼつきますかどうか」
「だめなら何度でも催促するわ!」
 そういって、先が聞かれなかった話をいくつか思い出しながら、赤羅は口元に笑みを浮かべた。
「そうですね、ではまたの機会に」
 そういって赤羅は、少女を見送った。後ろを影のようについて行く青年。

 ふと赤羅は、自分が青年だったときのことを思い出した。



「次の大王は、だれになったって?」
「なんでも、女らしいよ。先々先代の、正妃だった方だそうだ」
「まぁ、大王がころころかわられても、こっちにかわりはないからねぇ! なぁ、高春」
 高春と呼ばれた青年は、稲を植え付けていた手を止め、腰を上げた。日に焼けた肌は黒く、鍛えられた足腰は村のどの青年よりも、たくましい。目鼻立ちがくっきりとした、誰が見ても美男子。
「どうだろう? 何かしてくれる方かも知れないじゃないか」
「そっちの方が『どうだろう』じゃないか? そうそう、お前んところの母さん、身体はどうだ」
「相変わらず伏せっているけど、相変わらず父さんと楽しそうに過ごしているよ」
「あんな森の薄暗いところで暮らさんでもなぁ! まぁあんたの母さんが川から流れているのを発見したときには、びっくりしたが」
「でも、父をはじめとして村の方々に助けていただいて。手首に巻いていた紐が木に引っかかって助かったんだなんて、本当に奇跡みたいですけど」
「ほんにねぇ。高春、お前も立派な名前をもらったし、そろそろべっぴんの嫁さんをもらったらどうだい?」
 田植えを手伝っていた中年の女が豪快に笑う。この好青年の嫁になりたいと思う村娘はあまたいるが、彼は誰も寄せ付けなかった。村の祭りでうたを交わしあうこともなければ、触れても来ないのだ、あいつはおかしいと、一部では騒がれもし始めている。
 なんといっても、この美丈夫は放っておくには惜しい。
「はは、申し訳ないですけど予定がないんですねぇ」
「予定なんてつくるもんだよ! お前がその気になれば、半年先の見合いだって決まるさ」
「田んぼや畑、誰がするんですか」
「違いない!」
 日が暮れ、今日の分の田植えを終えると、青年は一人、森の中に帰っていく。粗末な作りの家にいるのは、彼とその両親、あわせて三人だけだ。人数にあわせて普通のものよりも小さい床面積に、成長するにつれ手狭感を覚えているのは青年ぐらいだ。
「父さん母さん、帰ったよ」
「お帰りなさい、――赤羅」
「もうその名前はやめてほしいなぁ、母さん?」
 床に座ったまま青年を見上げる微笑みに、青年は母親そっくりの面立ちを同じように緩めた。
「赤ら顔だから赤羅なんて幼名、おかしくて仕方がない」
「あらあら。そんなことを気にするの?」
「気にするよ」
 頬をふくらませる息子に、母は手を伸ばし、精一杯に抱きしめた。
「……ふふふ、そっくりになってきたわね」
「誰に? 正直、父さんには全然似ていない自信があるんだけど」
「お母さんの、自慢の姉上よ。もう二度と会えないけれど……そういえば、なにか外で、大王のうわさをしていた? 先月亡くなられて」
 母親は腕を離し、青年は姿勢を正す。
「ああ、そんなの気にするの、母さんぐらいだよ。次は女性らしいよ。なんでも、先々先代の大王の、正妃だった方だとか」
「へぇ、……そうなの」
「うん。そういえば珍しいね。母さんが自分の家族の話をするなんて初めて聞いた。俺似のお姉さんって、どんな人だったの? 優しいひと? かっこいいひと? りりしいひと? どんな感じかなぁ。村長みたいな? っていっても、母さんあんまし村長と話したことがないもんなぁ……母さん?」
 青年が振り返ると、その母は微笑みを浮かべて黙していた。
 住む家のたたずまいのように、ひっそりと。
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