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飛鳥茶話
第5話
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「高穂、送ろう。その様子、落馬しかねない」
「あら、優しいわね?」
「落馬して、死なれても困るからな」
「……そうね」
「穂波のことは、残念だが。余計なことは考えるなよ」
「なんで?」
「神事だ。伊勢に皇女を嫁すること同様に」
「そういえば、そんなこともしていたわね。今は……だれだっけ?」
「今はいないな。先代は先の大王の姉だった」
「ならば穂波を、伊勢の巫女にすることはできないの?」
「目的がちがうからな。穂波は、川の神に嫁すことで恵みをもたらしてもらえるように祈る。伊勢は国が安らかに治まるように」
「伊勢で雨を祈ればいいことなんじゃないの?」
「多くを望んでも、返ってくるものは少ないからな」
「……私は、多くを望んでなどいないのに」
「その一つが、不相応と言うことだな」
「ねぇ、春日」
「兄上くらいつけてもいいと思うが?」
「春日、どうして、言ってくれなかったの?」
「いつのことだか」
「ずっと聞きたかった。縁の姉上、竜胆の兄上、春日。縁の姉上は、春日に嫁ぐことになっていた。けれども私が生まれて、私の結婚相手がないことに焦った父上が、春日と縁の姉上の縁組をやめて、竜胆の兄上と縁の姉上にした。そうすることで、私には春日の妻の座がまわってきた。家臣はそういっている。けれども、すぐに縁の姉上のところには弟たちが生まれた。母親が同母姉妹だから血が近いと言っていたけれど、不可能でもなかったはず」
「実際ごたついたのはお前が、十になったころか。ちょうど、縁が竜胆に嫁すと決まった頃だ。穂波は物心がついたばかりで、記憶がないのは当然だ」
「けれども、探せば大王の兄弟もいる。その息子もいる。あえて、異母兄妹で結婚する必要もない。亡くなられた春日の正妻もはとこの間柄。ねぇどうして、あなたは私を選んだの?」
「知りたいか? しって、どうする?」
「あなたは、縁の姉上の、あのときの悲嘆を知らないから」
「知ってどうにかなることでもなかろう」
「もしかしたら、返上しているかも知れない」
「なにを?」
「私を妻にすると決めたのは、大王じゃない。あなたでしょう? ほしかったのは何? 豪族の後ろ盾?」
「それは縁でも変わらないだろう。そうか、知りたいか?」
「なに?」

「お前が好きだからだ」

「……は?」
「といっても、お前は信じまい」
「あっ、当たり前でしょ! 冗談……っ!!」
「冗談ではないんだが」
「話をそらす気でしょう!? だまされません!」
「さみしいな」
「おっ、送るなら早く送りなさいよ! なんなのこの馬の進行方向、全く違うじゃない」
「だれがお前の屋敷に送ると言った? 行き先は私の屋敷だ」
「さっきから私、耳が悪くなってばっかりだわ」
「耳元でささやけばいいのか? ――私の屋敷に行っているのだよ」
「いっ、や―――! それ、誘拐って言うのよ!? 信じられない!」
「大丈夫、お前が宮殿に来たときには早馬をやって知らせてある。ついでに、屋敷はしばらく無人にしておけと言っておいた」
「何言ってるの! そんな勝手に……って、なんで?」
「穂波の件、大王は今日家臣に大々的に告げる。どこぞの豪族が工作して、穂波を隠されても困るからな。表向きは精進潔斎のため、どこかの屋敷でかくまわれていることになる」
「手回しのいいこと」
「一国を動かすのだ。これぐらい」
「あなたは本気なの?」
「なにがだ」
「あなたの母上は大王の正妃。皇族出身で、三代さかのぼってやっと、今はほろんだ豪族の名が出てくるほど、皇族のなかの皇族。有力な豪族の後ろ盾もない状態で、大王として国を動かせると思っているの? そんな情勢から父上が後継者を指名しないのは、私だって知ってるわ」
「ならはやく私のところに嫁ぎにこい。私にはお前が必要だからな」
「……それはいや」
「むちゃくちゃだ」
「……きっと、すぐなのよね?」
「ああ。来月の一日に」
「あと、五日ほどしかないの」
「事態は火急だ」
「やっぱり嫌いよ、春日」
「一瞬でも好きだと思ってくれた瞬間を大切にしておこう」
「馬鹿!」
「そうだな、ここから近いし、鹿でも見に行くか」
「……アホ」
「鳥でもかまわないが?」
「……」
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